アースト ― 来訪者たちの夜 ―
ガルドが松明を消し、扉を押した。
中は広く、一番奥には一人の女性がいた。
左右には掲示板と、厨房のようなカウンターと椅子が並ぶ。
夜も遅いのだろう。自分たち以外の人影はなく、
血と油の混ざった匂いが鼻をかすめた。
「……来訪者ね。」
カウンターの向こうで女性職員が顔を上げた。
髪を一つにまとめ、眼鏡の奥の目が鋭い。
「名前、年齢、出身。分かる範囲でいいわ。」
「ダイスケ、日本から。」
「ナイナ。どこで生きていたか……もう思い出せません。」
「オリーブ。私もです。」
職員は淡々と記録を取り、
月の紋章が刻まれた銀灰色の牙のペンダントを三つ差し出した。
「これがギルド証。身分証でもあり通行許可証。
支給金はセラ金貨1枚とリュム銀貨5枚。
十日分の宿と食費の目安ね。」
淡い光が硬貨の表面を流れ、月模様が浮かぶ。
「……すごい、本当に光ってる。」
「魔力結晶を混ぜてあるの。偽造防止用。
でも見た目が綺麗だから“月の銀貨”って呼ばれてるわ。」
職員は手早く書類をまとめると、短く息をついた。
「さて、まず一週間はここで訓練を受けてもらうわ。
魔物のこと、戦い方、素材の集め方。
その間はギルドの仕事も手伝ってもらう。日当は出すから安心して。
実質、私たちが面倒を見るのは二週間ってところね。」
ナイナが一歩前に出た。
「宿屋はどうなりますか? 寝泊まりできる場所はありますか?」
「北の二番通りに宿舎がある。
共同部屋だけど、屋根も食事もあるわ。」
ガルドが後ろで腕を組みながら言う。
「二人は魔力を感じる。調べてやってくれ。」
「あら、そうなの?」
職員は興味深そうに眉を上げ、
棚の奥から掌ほどの鉱石を取り出した。
「これを両手で掴んでみて。
反応があれば、魔力持ちってこと。」
ナイナとオリーブは一瞬顔を見合わせ、
それぞれ石に手を添えた。
光が滲み、やがて二つの色に分かれた。
片方は紫、もう片方は柔らかな白。
「紫……水と火の系統かしら。」
「こちらは白。癒しの素質があるわ。」
職員は頷きながら言った。
「二人とも立派な魔法使い候補ね。
訓練期間中は魔法職をおすすめするわ。」
そして、指で後ろの倉庫を指しながら言葉を続けた。
「魔法色は少ないし重宝される。
だから杖やローブなら倉庫にまだ残ってるはずよ。」
そう言いながら、彼女は僕に目を向けた。
「あなたも、よければ試してみる?」
僕はドクンと心臓が鳴るのを奥に押し込みながら、
苦笑いを浮かべて片手を上げた。
「いえ、僕には関係なさそうです。
そういうのは……才能のある人の仕事ですから。」
職員は肩をすくめた。
「そう。ま、無理にとは言わないわ。
けれど、この世界では“何が武器になるか”分からないものよ。」
そう言って帳簿を閉じた。
「話は以上。今日はもう遅いわ、宿舎へ行って休んで。
明日から本格的に動いてもらうから。」
ガルドが軽く顎をしゃくる。
「案内は俺がやる。行くぞ。」
職員が手を振り、
「怪我だけはしないようにね」と言い残した。
外に出ると、夜風が火の匂いを運んできた。
街のどこかで鍛冶屋の炉がまだ燃えている。
石畳に月の光が淡く反射していた。
「ガルドさん。」
僕は呼び止めた。
「……助けてくれて、ありがとうございました。」
彼は振り返らずに答えた。
「そういうのはいい。
だがまーなんだ
どうしてもお礼がというならいつか、生きてるうちに返せ。」
そのまま肩越しに片手を上げて、闇に消えた。
オリーブが静かに胸に手を当てる。
「……優しい人ですね。」
「ええ。」ナイナが頷く。
「きっと、守るものが多い人なんでしょう。」
宿舎の扉を開けると、藁の匂いと木の温もり。
狭いが、屋根がある。それだけで十分だった。
「……あたたかい。」
オリーブがベッドに手を触れる。
「本当に、生きてるんだね。」
ナイナが窓の外を見つめた。
「ここから、どう生きていくか。
それを決めるのは私たち自身ね。」
僕は静かに頷き、拳を握った。
二つの月が重なり合い、
その光が、僕ら三人の顔を淡く照らしていた。




