アースト ―自警団と2つの月―
◆ 自警団の到来
崩れた扉が軋む音。
松明の光が差し込み、複数の影が現れた。
「動くな! 手を上げろ!」
僕は両手を上げ、できるだけ落ち着いた声で言う。
「僕らは戦うつもりはありません! 助けを……!」
先頭の男が松明を掲げ、鋭い目でこちらを見た。
鎧の胸には、月と剣の紋章。
「……来訪者か?」
「ええ、突然ここに。道も街も分からなくて。」
ナイナが英語混じりで通訳する。
男は頷き、槍を下ろした。
「ガルド・レーン。アースト自警団の副隊長だ。
お前たちは運がいい。外にいたら、魔物の餌だったぞ。」
安堵が喉を下りる。
オリーブが小声で祈りを捧げていた。
ガルドは周囲を見回し、崩れた壁を蹴った。
「こんな場所に長くいるな。街まで案内する。」
◆ 灰と煙の街道
松明の炎が石畳を照らし、
足元に散らばる瓦礫が鈍く光る。
街の外壁を抜けると、噎せ返るような煙と人の匂い。
建物は肩を寄せるように詰まり、
軒先からは商人の声が風に乗って流れてきた。
夜空は灰に濁り、二つの月だけが冷たく光っている。
「……ここが、アースト。」
ガルドが歩きながら言う。
「この街は“来訪者の受け皿”みたいなもんだ。
お前たちみたいに、突然現れた奴をまとめて面倒見てる。」
「あなたたちが?」
オリーブの声はまだ震えていた。
「ああ、自警団は街の外壁を守る。
だが、生きる場所を与えるのは“ギルド”だ。
仕事も寝床も、そこから始まる。」
「ギルド……」
ナイナが小さく復唱した。
「そうだ。登録すれば当面の宿と金が支給される。
ただし――長く生き残れるかは、自分次第だ。」
◆ 月と魔法
「この世界……夜空が二つの月なんですね。」
オリーブがふとつぶやく。
「月か。なら覚えておけ。」
ガルドは足を止め、松明を掲げた。
「この世界じゃ、月と太陽の“色”がそのまま魔法の適性になる。
赤は火、青は水、白は癒し、黒は闇……
魔力を持たぬ者は、ただの灰色に見える。」
ナイナが目を細めて夜空を見上げる。
「……私には、青が見える。」
オリーブは白く輝く方を見つめた。
「私は、白……。」
二人の視線が交差する。
その光景を、僕は黙って見つめていた。
僕の目には、七色の光がゆらめいていた。
けれど、それを口にする勇気はまだなかった。
「ここはアーストだ。来訪者は登録してギルドに属する。ギルドは仕事を斡旋し、住み処を取り持つ。当面の金も支給するし、生きる術は与える。だが気をつけろ。上の連中は別だ。貴族とか教会とか、口で善人を言う奴ほど曲者だ」
ナイナが黙って聞き、時々こちらを見て意味を補ってくれる。彼女の翻訳があるおかげで、僕は物怖じせずにガルドの言葉を理解できた。ナイナは冷静だが、目には鋭い知性が宿っている。
やがて街の中心部に辿り着く。
石造りの大きな建物――二階建ての扉には
“人の手と月の紋章”が刻まれている。




