扉の影 ―灰色の訪問者―
ガラン――。
錆びついた扉が、重たい音を立てて開いた。
月明かりの差し込む崩れた部屋。
その入り口に、二つの影が立っていた。
一人は痩せぎすで神経質そうな顔つき。
もう一人は丸い体で、鼻の下に薄い髭を生やしている。
どちらも汚れた皮の鎧を着て、腰には刃物。
「……誰だ?」
僕は思わず身構えた。
ナイナが静かに前へ出た。
声を低く抑えながら、相手の言葉を聞き取ろうと耳を澄ます。
「They’re speaking… Common tongue.」
(彼ら、この世界の共通語で話してます)
褐色の肌が月光に照らされ、ナイナの横顔がきらめく。
その隣で、オリーブが僕の袖をそっと掴んだ。
指先が震えている。
「おうおう、こりゃ珍しいな。女が二人も隠れてるなんざ」
痩せぎすの男――ベックが、いやらしい笑みを浮かべた。
「なあマル、こいつら旅人か? 金になるかもな」
「へへ、少なくとも綺麗な顔してる」
ナイナが間に立ち、英語で返す。
「We are travelers. We have nothing valuable. Please leave.」
「なんだぁ? 聞き取れねぇな」
ベックがナイナを睨みつけ、足を一歩踏み出した。
刃の光が、崩れた壁に反射する。
オリーブが息をのむ。
「だ、ダイスケ……」
その瞬間、身体が勝手に動いた。
ナイナの前に立ち、両腕を広げる。
「やめろっ!」
男たちがぴくりと動きを止めた。
空気が張りつめる。
……けれど、僕は気づいていた。
声が、思った以上に響いたことに。
「この建物に人がいるぞーっ!!!」
「泥棒だっ!! 女の子を襲おうとしてる奴がいるぞーっ!!!」
思いつく限りの大声で叫んだ。
声が崩れた天井にぶつかり、外に抜ける。
夜の静寂を引き裂くように。
「な、なんだアイツ!」
「やべぇ、誰か来る!」
ベックとマルが顔を見合わせ、慌てて外へ逃げ出した。
「……大丈夫?」
オリーブが震えた声で尋ねた。
「うん……たぶん」
ナイナが僕を見て、ふっと笑う。
「上手い“魔法”ね」
「魔法?」
「ええ、“声”の魔法。あなたの声は、心を揺らすのね」
照れ隠しのように、僕は鼻をこすった。
「いや、ただの腹の底からの叫びだよ」
外から、足音が近づいてくる。
複数人の靴音、そして鎧の擦れる音。
「こっちだ! 誰かが騒いでいた!」
ナイナが窓の方を見やった。
「どうやら、本当に誰か来たみたい」
僕は深呼吸して立ち上がる。
「なら、話してみよう。ここがどんな場所なのか」
夜風が吹き込み、崩れた天井の向こうに、
二つの月が並んで輝いていた。




