束の間の休養
春の風が、アーストの街をやさしく撫でていた。
戦いの翌日。ギルド宿舎の一室では、まだ包帯と湿布の匂いが漂っている。
「昨日はありがとうございました」
オリーブが朝一番に頭を下げた。
「私がもっと強ければ……」
痛みに顔をしかめながらも、彼女はまっすぐにダイスケを見つめる。
「いや、助けてもらってるのは俺の方だしな。これでおあいこだよ」
ダイスケは照れたように笑って、包帯を巻き直すオリーブの手を手伝った。
マイクもまだ体を起こすたびに苦しげな息を漏らす。
オリーブが痛みで祈りに集中できないため、二人は安静を余儀なくされていた。
「ならスーパーマンのダイスケが治してやりゃいいじゃねぇか」
「ソウアルヨ」
ジョニーとイェンが茶化す。
ダイスケは頭をかきながら、気まずそうに笑った。
「いや、あの時のこと……正直、よく覚えてなくてさ。俺、ほんとに治したのか?」
「ええ、確かに。あの時、あなたの掌から出た光は――祈りと同じものでした」
オリーブの穏やかな声に、部屋の空気が少しだけ静まる。
「……そっか。じゃあ偶然ってことにしとこう」
苦笑いしながらも、ダイスケの胸には小さな疑問が残った。
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「ま、わからねぇことは後で考えりゃいい。今日は休みだ」
ジョニーが立ち上がり、腰の袋を叩いた。
「昨日の稼ぎが入ったし、手伝ってくれた奴らにお礼もしねぇとな」
「俺も行くよ」
ダイスケが頷く。
ナイナとイェンは顔を見合わせる。
「ウチらは留守番あるね。元気になったらマイクの盾、直しに行くアル」
「じゃあ、私たちはここを任されたわね」
ナイナが微笑む。
外は春の匂いが満ちていた。
石畳の道を抜け、ギルドへと向かう。
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ギルドは昼間でも賑わっていた。
報告書を提出する者、酔っぱらって歌う者、討伐依頼を吟味する者――。
騒がしくも、それがこの街の“生きている音”だった。
ジョニーが酒場の奥で、昨日の救援に来てくれた若い二人を見つける。
「おーい、昨日は世話になったな!」
笑顔で声をかけ、酒を二杯注文する。
「これ、お礼だ。遠慮すんな」
「いやいや、いいんです。本当に」
「いいから受け取れ。ギルダーってのは持ちつ持たれつだろ」
押し付けるように小袋を渡すと、二人は少し照れくさそうに頭を下げた。
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ギルドを出ると、昼下がりの市場は香ばしい匂いで満ちていた。
焼き鳥、焼きそば、トカゲの尻尾の串焼き……どれも炭火の煙が食欲をそそる。
「これ、旨そうだな」「おー、これ当たりつきだぞ」
二人は笑いながら袋を抱え、宿舎への帰り道を歩いた。
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部屋に戻ると、ナイナが地図とノートを広げていた。
「ちょうどよかった。ダイスケ、あなたに見せたいことがあるの」
彼女が差し出したのは、魔法訓練の記録書だった。
「この前、私とオリーブが“魔力流し”ってやつしてるのみたでしょ。あのときの貴方にもしていい?」
「…まーいいけど、」
あまり乗り気ではないダイスケの両手を掴んだ。
ナイナの光と共にダイスケも光り始めたり
「どう?」オリーブも興味津々だ。
「少ないけど、すっごく濃密よ。まるで、何かを凝縮したみたいな感じ。
それに、動きが速くて複雑――私たちや先生たちとは違う流れ方をしてる」
ナイナが指をくるりと回す。
「どんな魔法が使えるかは分からないけれど、何か思い描いてみて。
思い描けば、それが力になる。
でもこれだけ濃いとなると制御を誤ると暴走するかも」
「思い描けば、ね……」
ダイスケは手を見つめ、拳を握った。
ほんの一瞬、青白い光が指の隙間に灯った。
「……あ」
「やっぱりね」
ナイナが満足そうに微笑んだ。
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外では風鈴の音が鳴っていた。
静かな一日。束の間の休息。
けれどその空の下には、もう次の影が近づいていることを、
まだ誰も知らなかった。




