金煙に潜む影
倒れたバルロングの巨体は、まだ温もりを残している。
マイクは盾を杖にして、肩で息をした。
ダイスケが駆け寄ろうとするが、
「……っ、大丈夫だ、俺は……」
とその声は震えていた。
オリーブが祈りを唱えようと駆け寄るが、痛みに顔をゆがめて膝をつく。
「祈りが……集中できない……ごめんなさい……」
「いい、今は動くな」
ナイナが素早く木の枝を拾い、オリーブの腕に当てて布で巻いた。
「応急処置、これで固定したほうがいい」
「ありがとうございます……」
ジョニーが川辺を見回す。
「気を抜くな。別の奴が来るかもしれん」
その言葉に、皆が息を潜めた。
ダイスケはポーチを探り、黄色い筒を取り出す。
「ギルド支給の発行筒……使うよ」
彼が空へ撃ち上げると、灰色の空に黄金の煙が立ち昇った。
「これで……誰か、気づいてくれればいいけどな」
「多分大丈夫だ。さっき、やつが突っ込んできた時に赤いのを炊いといた」
流石はジョニーである。――誰も気づかなかった。
風の中、遠くで金属音が響いた。
「おーい! スモッグを見た! そっちに誰かいるか!」
声と共に現れたのは、若い二人組のギルダー。
まだ新米の装備だが、目は真剣だった。
「怪我人がいる! 解体と運搬、手伝います!」
「助かる。……でもその前に交渉を」
ダイスケが言いかけると、青年が手を振った。
「分前はいりません! ギルダーは助け合いでしょ!」
その言葉にジョニーが微かに笑う。
「ま、たまにはそういうのも悪くねぇな」
動ける者で血抜きを始める。
バルロングの血だけでも、川を染めるほどの量だった。
「よくこんなのと会って生きてますね……」
新米の一人が呟く。
――まったくだ。
僕らがギルドに着く頃には、空には二つの月が浮かんでいた。
「おい、こっち来いよ! 新人がバルロングを仕留めたらしいぞ!」
「そこらの雌牛と間違えてるんじゃないのか?」
「今、ギルドが査定中だってよ!」
喧騒の中、査定官が静かに告げた。
「間違いありません。バルロングです」
どよめきが広がる。
だが続く言葉が、その場を凍らせた。
「……ただ、毛皮の奥に無数の引っ掻き傷と咬み跡があります」
「これは――ゴブリンですね」
静寂。
誰も言葉を発せなかった。
つまり――
あの暴れ牛でさえ、ゴブリンに追われていたということだ。
僕らはようやく気づいた。
この世界で恐れるべきものが、
本当はなんなのかということに。




