クラティス ―誓いの拳と灰の森―
「ダイスケ! イェンのフォローお願い!」
背後からナイナの声が飛ぶ。
振り向けば、イェンの薙刀が木の根に絡まっていた。
「イェン! 下がれ!」
「ダメある、これ抜けない!」
「無理すんな、命のほうが大事だ!」
そう叫んで、僕は目の前の緑の影――ゴブリン――へ踏み込んだ。
大きさは子ども。だが目に宿る光は、獣のそれだった。
「……悪いけど、こっちも生きるためなんだ!」
振り下ろされた棍棒を受け流し、腰を沈め、右拳を叩き込む。
「――ッ!」
骨が軋み、鈍い音が響いた。ゴブリンが倒れる。
息を整えながらイェンの方へ駆ける。
「大丈夫か!」
「問題ないある! この槍、まだ使えるヨ!」
顔に傷がついても、笑って答える。
あきれながらも思わず笑みがこぼれる。
「まったく、命張ってまでその薙刀にこだわるかよ!」
「ポリシーネ! 戦士は槍で語るある!」
――その言葉に、変な説得力があった。
彼の名はイェン。
頑固で無鉄砲。でも、背を預けられる仲間だ。
「ホラ、他の人助けるヨ!」
……確かに、それは後だ。
切り替えて、左右に目を配る。
左ではマイクが盾でゴブリンの棍棒を受け止めていた。
右では、新手がオリーブとナイナの方へ走っていく。
その後ろのゴブリンが、突然転倒した。
ジョニーの仕業だ。斥候らしい見事な足止め。
「イェン、右から来る! ついてきて!」
先頭のゴブリンには、イェンは間に合わない。
僕は横から突っ込みながら叫んだ。
「薙刀、ジョニーみたいに突け!」
斥候のジョニーは、ボウガンに短剣バヨネットを装着して戦う。
突くのは慣れている。イェンも見ているはずだ。
僕は頭突きとタックルでゴブリンを横転させた。
オリーブとナイナは無事だ。
彼女たちは後衛――神官と魔法使い。
人類では希少な魔法の使い手。
「万が一、彼女らに何かあったら……分かっておるな」
ギルドの連中の忠告が頭をよぎる。
タックルの勢いが強すぎた。
ゴブリンは転がりながらも、奇跡的に体勢を立て直す。
視線が交差した。
あの、気味の悪い眼。
「ギィ……ギャァァァ!!!」
唾をまき散らし、こちらを威嚇する。
正直、怖い。
けれど気持ちで負けたら終わりだ。
「オラーーーーーッ!!」
叫びながら、飛び込んでくる棍棒を左手で受け流す。
棍棒が振り切られる前に、右拳を作っていた。
「――シュッ」
「ゴズン」
拳が入る感触。
鼻か顎の骨が砕けた。
ゴブリンが崩れ落ちる。
その先で、ジョニーとイェンが別の敵を仕留めていた。
左ではマイクがシールドバッシュで一体を吹き飛ばす。
そして――
僕たちは、生き残った。
* * *
森を探索中、僕たち【アリウス】はゴブリンの群れに遭遇した。
撃退後、売れるものを剥ぎ取っていく。
眼球、血、生殖器、爪……。
これらは錬金術の材料になる。
コボルトや獣の毛皮、牙なら防具にも使えるが、
こいつらの肉や骨は使い道がない。
血だけを入れるための赤黒い水袋を取り出し、
血抜きがてら溜めていく。
匂いは……もう慣れた。
交代で血抜きをしながら、各自防具と武器の損傷を確認する。
僕に武器はない。拳だけだ。
拳闘士を選んだ理由はいくつかある。
一番大きいのは――仲間たちの装備に、少しでも金を回すためだった。
血を容器に入れながら、仲間たちを見渡す。
白い肌と赤みがかったブロンドの髪を持つ天然系女子――【修道女】オリーブ。
スキンヘッドのスパニッシュ系青年――【聖騎士】マイク。
腹巻と腰巻がトレードマークの軍人――【サバイナー】ジョニー。
褐色肌に銀髪が映える聡明な魔導士――【魔法使い】ナイナ。
腰まで伸びた髭と髪を持つ、頑固な小男――【戦士】イェン。
僕たちは【アリウス】。
街で“祈りの灯”と呼ばれる小隊。
それぞれの信念をもって、この灰の世界を歩く。
僕たちの“誓い”の証の名である。
* * *
森の奥では、倒したゴブリンの死骸を別のゴブリンが引きずっていた。
食べている……?
「……いや、違う。噛んでるだけだ」
「仲間の死体を?」
「ああ。繁殖のためなら何でも使うんだ、こいつら」
乾いた噛み音と、血の匂い。
誰も、それ以上は何も言わなかった。




