風鳴りの角
「……でけぇな」
ジョニーが呻く。
バルロング――草原の暴れ牛。
本来は山岳地帯の魔物だが、近頃は平原にも出没しているという。
「マイクっ!」
ダイスケが駆け出そうとするが、マイクが手を上げて制した。
「だいじょうぶだ……まだ、立てる……」
盾を杖代わりに、マイクはよろめきながら立ち上がる。
バルロングの鼻息が荒く、熱風が肌を焼いた。
「ジョニー、イェン、俺と一緒にマイクの時間を稼ぐ!」
「了解だ!」
「アタシに任せるある!」
三人が散開する。
ダイスケは目を凝らす。
――弱点は?角、首、脚……いや、全部分厚い。
しかも一撃が重すぎる。真正面は死地だ。
(どうする……どうすれば――)
咄嗟に手元の羊皮紙を掴んだ。朝、ルート確認に使っていた地図。
反射的に広げて、バルロングの前でひらひらさせる。
「おいで……こっちだ!」
闘牛士の真似に過ぎない。それでも奴は反応した。
怒号のような唸りを上げて、真正面から突っ込んでくる。
「くそっ……!」
怖さで手を離した地図が、バルロングの角に張り付いた。
その瞬間――
「地面、凍らせる!」
ナイナの声。杖の先から青い光が走り、地面が氷の膜に覆われる。
バルロングの脚が取られ、体勢を崩した。
ダイスケも一緒に凍った。
「やっべ……!」と叫びながら、勢いのまま角に手を伸ばし、身体を翻す。
手と角が触れた瞬間、白い閃光が走った。
――何かが流れ込んでくる感覚。
体の奥が熱くなる。
受け身を取ると同時に、背後で岩が爆ぜた音。
バルロングがよろけて倒れ込み、砂煙を上げた。
だが戦いは終わっていない。
別方向で、オリーブの悲鳴が上がった。
「キャッ!」
爆ぜた石礫がオリーブの腕に直撃していた。
「オリーブ!」
ジョニーが駆け出す。だが彼もいくつか石礫をもらっていた。
とっさにイェンが飛び出した。しかしバルロングが足元の石たちを後ろ蹴りして跳ね飛ばした。
「あっ、ぐっっ…」
1つがいいところにはいり、そのまま膝をつく。
バルロングも皆に体を向け始めている。
状況が、一瞬で瓦解する。
「……っ!」
ダイスケは走り出していた。
頭で考えるよりも先に、体が動く。
彼の足元が淡く光った。
風が逆流するように地面を蹴り、瞬間移動したかのような速さでオリーブの前へ。
「頼む……止まれっ!」
右手を突き出した。
掌から放たれた微光が、まっすぐオリーブの腕に触れる。
彼女の傷口が淡く光り、血が止まっていく。
「ダイスケ……それ、魔法……?」
オリーブの瞳が揺れる。
そのすぐ後ろで、バルロングが再び動いた。
角がこちらを向く。
「まだ、だ……」
ダイスケの足が自然と前へ出た。
掌が再び熱を帯びる。
――強化と治癒が混ざった、初めての“衝動”。
「これ以上……誰も、傷つけさせない!」
動き出したバルロングの正面。
その後流れるように横にスライドした。
火花を散らしながら拳を突き出す。
バルロングの横っ腹を捉え、骨の砕ける音が響く。
巨体が横に跳ねのき、そのまま動かなくなった。
灰色の風が吹き抜けた。
皆の息が重なる。
「……やった、アルか?」
イェンが呆然と呟く。
マイクがうなずき、オリーブが胸の前で手を合わせた。
ジョニーは地面に座り込み、苦笑いを浮かべる。
「お前……ただのモンクじゃねぇな」
ダイスケは何も言わず、拳を見つめていた。
手のひらには、まだ微かな光が揺れていた。




