草の波、血の匂い(後編)
風は冷たいが、空気は昨日より澄んでいる。
そんな朝にしては、どこか静かすぎた。
「確認だけど、今日も川沿いを歩いて薬草を探す。
もし魔物に遭遇したら、無理せず撃退。討伐は目的じゃないからな」
ダイスケは地図を広げ、みんなの前で確認する。
川の流れを示す青い線と、昨日見つけた群生地の印。
小さな丸が新しい探索範囲を示していた。
「アタシは金になるなら、どこだっていいアル!」
イェンが腰の薙刀を軽く叩き、ニヤリと笑う。
ナイナも苦笑いを浮かべながら頷いた。
「ま、収穫できればいいわね。天気も良いし」
「怪我だけは気をつけろよ」
マイクが言うと、オリーブがそっと手を合わせた。
「今日も誰も傷つきませんように……」
彼女の祈りの声とともに、僕たちは出発した。
* * *
ヴェルナ平原を抜け、川沿いに出た。
水面が光を反射し、白く揺れている。
昨日よりも岩が多く、流れも速い。
「……なんか、昨日と違くないか?」
ジョニーが周囲を見渡しながら呟いた。
川沿いの木々が不自然に傾いている。
枝が折れ、地面には新しいひづめの跡。
その時――
ゴトン。
鈍い音が、対岸から響いた。
「今の……石?」
ナイナが立ち止まる。
ジョニーは眉をひそめた。
「いや……ちが――」
――ドォンッ!
轟音とともに、水しぶきが弾けた。
川の中から何かが現れる。
「伏せろっ!」
ジョニーの叫びが響く。
水飛沫の向こう、影が跳ね上がった。
全身を覆う黒鉄のような皮膚、
岩をも砕く二本の角、
血のように赤い瞳。
「バルロング……!」
ジョニーが顔を歪めた。
「散れ! 岩陰に隠れて陣を引け!」
指示に、全員が即座に動いた。
マイクが盾を構えて前に出る。
イェンが薙刀を構え、ナイナとオリーブが後方へ。
ジョニーは索敵のために右手の岩を回り込む。
しかし、ダイスケは違和感を覚えた。
(――早すぎる)
草を踏む音とともに、地面が震える。
バルロングは川をものともせず、まっすぐこちらに突進してきた。
「マイク! 下がれ! 岩陰に!」
「いや、受ける!」
マイクが盾を構えた瞬間、轟音が走る。
衝撃波のような突進。
マイクの身体が後方に吹き飛び、岩壁に叩きつけられた。
「マイク!」
オリーブが駆け寄る。
その横を、巨大な影が通り抜ける。
バルロングの赤い瞳が、こちらを睨んでいた。




