草の波、血の匂い(前編)
夕陽が沈みかけ、灰色の雲の隙間から橙の光がこぼれていた。
夕暮れの街の空気は活気がありつつもどこか暗さもあるような重みが感じられた。
ギルドの出入り口は、いつになく人で賑わっている。
荷を下ろす者、剣を磨く者、そして壁に貼られた紙を睨む者――
そのどれもが、不安と焦りを隠しきれていなかった。
ダイスケたちはスライムと薬草の納品を終え、
ギルドの買取所で順番を待っていた。
「初めてにしちゃ、いい状態だ」
買取係の男がスライムの詰まった革袋を持ち上げ、感心したように言う。
「教えたやつが良かったんだな。平らに詰めて、薬草も湿布してる。完璧だ」
マイクが胸を張る。
「訓練の賜物ですよ」
「いやー、俺たちも見習わねえとな」
男は笑い、査定額を書き込んだ。
その額にナイナとイェンが目を丸くする。
「思ったより高いアル! この値段、正気アルか!?」
「ま、素材は上等ですしね」
ナイナが得意げに杖を回す。
だが――
その明るい空気の裏で、酒場の方からは重たい声がいくつも漏れていた。
「聞いたか? また“あれ”が出たらしい」
「“あれ”って……まさか草原龍か?」
「そうだ。昨日、〈銀の楔〉の連中がやられたらしい。今、医務室で寝たきりだ」
「冗談じゃねえ。あいつら、中堅クラスだろうが」
「しかも、最近は草原にゴブリンも出るって話だ」
噂が広がる酒場の空気。
ギルドの灯が、夕闇にゆらめいている。
その橙の光が、どこか焚き火のように落ち着かせる反面、
街の影を一層濃くしていた。
会話の切れ端が、耳にこびりつく。
オリーブの顔がこわばり、ナイナが無意識に杖を握り直した。
「……嫌な空気だな」
ジョニーが呟いた。
「おそらく、どこかで生態系が崩れてる。草原龍が山を超えてくるなんて普通じゃない」
マイクが唇を噛む。
「俺たちも、しばらく活動を控えた方がいいんじゃないか?」
ダイスケは少し考え、みんなを見渡した。
「……危険なのは分かってる。だからこそ、変に行動範囲を広げない。
草原の東側だけで活動しよう。焦る必要はない」
ジョニーが頷いた。
「その判断、賛成だ。リスクを取らないってのも、立派な戦い方だぜ」
ナイナがほっとしたように息をつく。
けれど、イェンだけは渋い顔で腕を組んでいた。
「ふん、でも草原龍の賞金、すごいアル。ちょっと惜しい気もするネ」
「命あっての金だろ」
「分かってるアルヨ!」
そんなやり取りに小さな笑いが生まれる。
張り詰めた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
納品を終え、ギルドを出る。
門を抜ける直前、ダイスケはふと足を止めた。
壁際の掲示板に、見慣れない紙が並んでいる。
――WANTED(賞金首)。
魔物の絵と危険度、出現場所が書かれた張り紙だ。
その中に一枚、妙に目を引くものがあった。
黒く太い角を持つ雄牛の魔物。
その名は――
『暴れる雄牛』
出現場所:ヴェルナ平原
目が離せなかった。
その視線を、まるであちらも返してくるような――そんな錯覚を覚えた。
「どうした、ダイスケ?」
「いや……なんでもない」
振り返ると、仲間たちの背中が夕焼けに照らされていた。
静かな風が吹く。
草原の方角に、かすかに黒い雲が見えた。




