重き荷
雲の切れ間から差す光が、屋根の隙間を白く照らしていた。
昨日より少し暖かいはずなのに、街の空気はどこか張り詰めている。
ダイスケは革鎧の紐を結び直していた。
肩も胸も脛も、全部がバラバラの形。
それでも丁寧に手入れされたその装備は、彼の几帳面さをよく表していた。
拳にバンテージを巻きながら、籠手を装着する。
その厚い革の感触が、ようやく“戦う自分”を認めてくれる気がした。
外に出ると、仲間たちはすでに集合していた。
「おはよう。準備はいい?」
ナイナの声に皆が頷く。
オリーブは手を組み、小さく祈っていた。
「今日も、誰も傷つきませんように」
イェンはあくびを噛み殺し、マイクは盾を背中に担ぐ。
「今日はどんな旅になるのでしょうね」
「アタシは金になるならどんなところでも良いアル」
そんな何気ないやり取りが、少しだけ緊張を和らげた。
「よし、行こう」
ダイスケが言うと、ジョニーが口角を上げた。
「2日目も笑って行こうぜ」
* * *
前日と同じ東門を抜けて、目の前に広がるヴェルナ平原を僕たちは川沿いに進むことにした。
川に光が反射して、ゆらゆらと揺れていた。
「薬草はだいたいこの川沿いの群生地に何箇所かあると聞いてるわ」
ナイナが杖を掲げ、薄い光を散らす。
しばらく歩いたその先、岩陰に青緑色の葉が群れていた。
「……あれだな」
ジョニーが指差す。
皆が近づく。
だがその手前、ぬるりと音がした。
「――動いた?」
草の間から、半透明の球体がいくつも姿を現した。
ぷるぷると震え、地面を滑るように近づいてくる。
「スライム……だが、ちょっと様子が違うな」
マイクが盾を構えた。
一体は川辺で水を吸っているだけ。
もう一体は薬草の茎に絡みついていた。
けれど、そのうちの何匹かが、突然ぴちゃりと跳ねて飛びかかってきた。
「来るぞ!」
イェンが反射的に薙刀を構える。
刃ではなく、峰で叩く。
粘体が潰れ、波紋が広がった。
「峰打ち成功ある!」
「褒めてる暇ねぇ!」
ジョニーが横から手刀のように叩きつけ、
マイクがシールドバッシュで受け流す。
スライムの体の奥、わずかに光る核が見えた。
「そこだ!」
ダイスケが踏み込み、掌底を放つ。
――鈍い音。透明な体が震え、やがて静止した。
オリーブが駆け寄って祈りを捧げる。
「もう動かないわ。……これ、素材になるのよね?」
ジョニーが頷いた。
「スライムのゲルは薬の基剤になる。皮膚薬にも、時々は食用にもな」
「た、食べられるの!?」
「……味は勧めねぇ」
「そう言えばイェンさっきお腹空いたって…」ダイスケが試しにイェンの背中を押す
「私でも食べたいものとそうじゃないものだってアルヨ!」
みんなの期待に全力で嫌がるイェン。
軽く笑いが起こる。
けれど、薬草もスライムも持てる量には限りがあった。
袋の口を縛りながら、マイクが眉をしかめる。
「これ以上は無理だ。盾に括りつける余裕もねぇ」
「アタシの袋もパンパンある」
「ナイナ、その石は?」
「これ? リュム石って言うらしいわ。湿った場所でしか見つからないんですって」
ナイナが興味津々に掲げる。淡い青の光が手の中で揺れた。
「触るなよ。乾くと割れる」
ジョニーの忠告が終わらぬうちに、
パリン、と高い音が響いた。
ナイナは困ったように笑い、
「……割れちゃった」
オリーブが肩をすくめた。
「ま、学費だと思えば安いもんね」
皆がくすっと笑う。
帰り道、背中の荷はずしりと重かった。
それでも、顔には充実の色があった。
マイクがぼそりと呟く。
「……こうしてみると、戦うより持ち帰るほうがしんどいな」
ダイスケは頷いた。
「重いほど、ちゃんと生きた証拠だ」
そう言いながら、ダイスケは誰よりも荷を背負っていた。
肩の痛みよりも、その重さが少し誇らしかった。
ナイナが前を見つめ、静かに言った。
「でも、まだ“外の世界”の入口に立っただけ……なんだよね」
風が草を揺らし、灰色の空に一筋の光が差し込んだ。
それが、彼らの“旅のはじまり”を告げるようだった。




