初任務ーブローレ平原ー
朝の冷気がやわらぎ、灰色の雲がゆっくりと流れていく。
今日の空は、どこかいつもより澄んで見えた。
ダイスケは宿舎の片隅で、つぎはぎの革鎧を結んでいた。
肩も胸も脛も、全部が別の意匠。
倉庫の隅から拾い集めた、いわば“寄せ集めの鎧”だ。
結び目を確かめ、最後に拳に白いバンテージを巻く。
手の甲から肘まで覆う革籠手を装着すると、
いつもの重みが腕に戻ったような気がした。
外に出ると、仲間たちが入り口で待っていた。
イェンは薙刀を肩に担ぎ、ジョニーは弦の張り具合を確認している。
ナイナは髪を束ね、オリーブは胸元で短い祈りを終えたところだ。
マイクは盾の裏に腕を通し、こちらを振り返った。
「準備は万端?」
ダイスケの声に、皆が頷いた。
少し寝不足の顔もある。けれど、その瞳は確かに前を見ていた。
「よし、行こう」
街の東――ブローレ平原。
見渡す限りの草原と、緩やかな丘陵。
初級ギルダーの多くが最初に訪れる、安全圏の外縁だ。
風に乗って、かすかな獣臭がした。
草の間で何かが跳ねる。
「ウサギ……?」
オリーブが小さく呟いた瞬間、地面が唸った。
跳ね上がった影が突進してくる。
鋭い牙、太い脚――それはウサギではない。
“バーニッシュラビット”。突進と後ろ蹴りが脅威の獣だ。
「来るぞ!」
ジョニーの声が鋭く響く。
マイクが前に出て盾を構える。
イェンが薙刀を横薙ぎに払う――が、獣は低く潜り抜けた。
すれ違いざま、後ろ足が盾を叩く。金属音が響いた。
「マイク! 下!」
ダイスケが踏み込み、膝を蹴り上げる。
獣がひるみ、イェンが反対側から突きを入れる。
「ナイナ、援護!」
ナイナは両手をかざし、低く呟いた。
周囲の湿気が震え、草の上に白い霜が走る。
次の瞬間、敵の足元が凍りついた。
「今だ!」
マイクがシールドバッシュを叩き込み、ダイスケが拳を振り下ろす。
鈍い衝撃音とともに、バーニッシュラビットが崩れ落ちた。
静寂。
風だけが、平原を横切っていく。
「ふぅ……」
オリーブが胸の前で手を組み、そっと祈る。
ナイナは息を吐きながらも、目の奥で光を宿していた。
「思ったより……やれるわね」
ジョニーが周囲を見回す。
「二体目は来ねぇな。ひとまず勝利ってことでいいだろ」
初任務、初勝利。
小さな笑みが、六人の間に広がった。
* * *
帰り道。
夕陽が平原を赤く染めている。
風の中に、獣とは違う匂いが混じった。
「……今、何か動いた?」
マイクが立ち止まる。
草の向こうに、黒い影。
それは一瞬だけ、丘の稜線を横切り、すぐに消えた。
「気のせいじゃ……ないな」
ジョニーの声が低い。
日が沈みきる前に街へ戻ろう。
その影が何であれ、明日には――もっと近くに来ている気がした。




