灰の夜明け前
朝の訓練場。
灰色の雲が薄く流れ、冷えた空気の中で六人は円陣を組んでいた。
今日は最終日を前にした“模擬戦”――他の来訪者チームとの実戦形式訓練。
リズ教官が説明を終え、手を打つ。
「両チームとも攻撃は木剣と訓練武器のみ。
魔法の使用は制限なし。ただし死人を出すな。
それだけだ。……では開始!」
教官の合図とともに、向こう側のチームが岩場の陰へ散る。
視界の悪い地形。小川と岩が入り組んだ狭い戦場。
ジョニーが素早く周囲を見回す。
「いいか、ここは見通しが悪い。マイクは後衛で全体を見てくれ。
前衛はダイスケとイェン。俺は真ん中を動く。
ナイナとオリーブはマイクの後ろ、距離を保て。」
「了解。」ダイスケが短く答える。
イェンは薙刀を構え、ナイナは杖を胸に抱き、オリーブは緊張で唇を噛んだ。
風が止む。
そして――影が動いた。
「来るぞ!」ジョニーの声。
岩場の上から三人が飛び出す。木剣の音が連続で響いた。
「イェン、下がれ!」
「う、動きづらいある!」
岩に薙刀の柄がぶつかり、軌道が崩れる。
ダイスケが代わりに前へ出て、拳を突き出した。
正拳突きが敵の胸を打ち、木剣が弾かれる。
「はぁっ!」
次の一撃をマイクの盾が正面から受け止め、ジョニーの蹴りが横腹を叩く。
後方ではナイナが杖を構え、炎を練った。
「燃えろ……!」
火が岩肌をかすめ、敵を退かせる。
「ナイスだ!」ジョニーが叫ぶ。
「オリーブ、援護だ!」
「え、えっと……ど、どうすれば……!」
「殴れ!」
「む、無理ですっ!」
オリーブは半泣きでメイスを構え、盾の横で震える。
「じゃあ祈れ!」
「は、はいっ!」
オリーブの声が裏返り、光が仲間の背中に差した。
マイクが思わず笑う。「ありがたい!」
戦況が動く。
岩場を駆けたジョニーが敵の背後を取り、マイクの合図で一気に押し出した。
イェンも体勢を立て直し、短く叫ぶ。
「これなら――届くある!」
薙刀の一撃が相手の木剣を弾き飛ばす。
最後にダイスケの拳が鳩尾にめり込み、相手が倒れた。
審判役の兵が笛を鳴らす。
「勝者、アリウス班!」
歓声が上がり、皆が肩で息をした。
イェンが転がった薙刀を拾い、少し悔しそうに呟く。
「岩場、薙刀むずかしいある……」
ジョニーが笑う。「地形を読むのも戦いのうちだ。次は違う動き方を考えろ。」
安堵と笑いが混じる中、リズ教官が前に出てきた。
「上出来だ。……だが、まだ終わりじゃない。」
訓練場の端で鉄の檻が引かれる音がした。
中には――小さな生き物。
灰緑の皮膚、黄色い眼。牙を剥いて唸る、生きたゴブリンだった。
「最後の課題だ。」
リズが静かに言う。
「武器はない。けれど噛みつき、爪で裂く。
奴は“生きるために戦う”。――構えろ。」
イェンが一歩下がり、オリーブが息を飲む。
ダイスケは拳を構えたが、迷いがあった。
「……殺すのか?」
ジョニーが低く言った。
「迷ってる間にやられるぞ。」
ゴブリンが吠えた。
イェンに飛びかかる。マイクが盾で弾き、ダイスケが反射的に拳を振るう。
硬い音。
だがゴブリンは立ち上がり、なおも食らいつこうとする。
「こいつ……人間の子どもみたいな顔してる……」
ナイナの言葉が震えた。
ジョニーが叫ぶ。「ためらうな! 殺さなきゃ、お前が死ぬ!」
イェンが涙をこらえ、薙刀を構える。
「ごめんある……」
刃が走り、静寂が訪れた。
リズが近づき、淡々と告げる。
「これが現実だ。
奴らは群れをなし、街を焼き、人を喰う。
お前たちに駆除してもらう。
一匹でも多く。――それがギルダーの務めだ。」
彼女はそれだけ言い残して去った。
沈黙の中、オリーブが震える手で祈りを捧げる。
「……あなたの命を無駄にしません。」
ナイナが唇を噛みしめ、イェンは薙刀を地面に突き立てた。
ダイスケは拳を見つめ、静かに言う。
「これが、“戦う”ってことか……。」
ジョニーが肩を叩く。
「そうだ。でも俺たちは、殺すために戦うんじゃねえ。
守るために、戦うんだ。」
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夜 ― 焚き火の下で
訓練を終え、ギルドで明日の任務地を決めた。
最初の依頼は街の南東、草原地帯。
魔物は少なく、川沿いには薬草の群生地もあるという。
夜。
灰の街の外れ、宿舎の庭の小さな焚き火の灯。
オリーブが膝を抱えて炎を見つめている。
「明日……本当に外に出るんですね。」
マイクが頷く。
「俺も怖い。でも、守りたいものがある。」
ナイナが火に手をかざし、言った。
「私も燃やす。みんなを支える。」
イェンが笑う。「燃えるある!」
ジョニーが笑って言った。
「このチームなら大丈夫さ。先輩ギルダーのお墨付きをくれてやる」
ダイスケは静かに笑みを浮かべて、拳を見つめながら呟く。
「……俺たちの始まりだ。明日は、生きて帰る。それだけでいい。」
灰の空の下、焚き火が小さく弾けた。
明日アリウスとしての冒険が始まる。




