灰の空の下で
朝の訓練場。灰雲の切れ目から細い光が落ちていた。
ダイスケは拳を固め、前足でリズムを刻む。対面するマイクは大盾を胸の前、重心は低く。
「いくよ、マイク!」
前蹴り――盾面に響く鈍い音。すぐさま正拳突き、ワン・ツー。
マイクは腕で受けず、盾→足→腰で衝撃を地面へ流す。ぐらつかない。
「……硬い!」
「はは、盾は“壁”じゃない。“道”だ」
言い終えるや、マイクは縁で押し返し、ダイスケの間合いを崩す。
ダイスケは半身で流し、ロー気味の蹴りで盾の下端を小突く――バランスが一瞬浮く。
その刹那、踏み込み。正拳が盾の中心をドンと叩く。手首に重い手応え。
「そこまで!」
リズの声。
「ダイスケ、今のはいい“読み”だ。拳は骨で、足は床で、心は相手で受けろ。
マイク、受けは上等。次は“返し”を早めろ」
「了解!」
別の区画。ナイナは片手で小さな炎を灯し、もう片手で水を“作る”。
掌に丸い滴が集まり、炎をしゅっと呑み込む。
次は床。薄い膜のような冷気を敷き、踏み込んだ訓練兵がつるり――尻もち。
「ご、ごめん! はい、これ飲んで」
ナイナは笑って掌の水を木椀へ落とす。
「……魔法、ちょっと楽しくなってきたかも」
近くでオリーブが祈りの両手を胸に。擦過傷へ柔らかな光、痛みが引いていく。
灯りの乏しい隅には、小さな球灯をふわり。
「怖くないですよ、大丈夫。はい、深呼吸」
イェンは借り槍で素振り百本。柄の滑りを確かめ、足を入れ替え、突きへ。
「うむ、次は千本ある!」
「……百本から千本に跳ねるのやめようね」ダイスケは苦笑しつつ、握りの位置を直してやる。
リズが全体を見渡し、短く告げる。
「それぞれ“初陣”の顔になってきた。――午后はギルド手伝いだ。抜かるなよ」
午後、ギルド広間。荷の仕分け、瓶詰の検品、掲示札の張替え。
ダイスケは台車を引き、マイクが積み、ナイナとオリーブが帳面を揃える。
扉がぎぃと開き、青紋の外套をまとった一団が入ってきた。
「王立魔法研究局・第一分室の者だ」
先頭の青年が冷ややかに告げる。視線がナイナとオリーブに刺さる。
「適性者二名、報告がなかったな。直ちに引き渡してもらおう」
「待って」ナイナが一歩出る。「私たち、ここで――」
「君たちに選択権はない」
青年はぴしゃりと言い切った。「国家規定だ。安全な環境で研究に従事してもらう」
空気が凍る。ダイスケが前へ出る。
「彼女たちは、俺たちの仲間だ。せめて彼女たちの言葉を聞いてからにしてください。」
青年の口角がわずかに歪む。「素人の情に、国家は従わない」
「――国家の名を借りた横暴にも、ギルドは屈しない」
静かな女の声が広間に落ちた。
ゆっくりと現れたのは、痩身に濃紺の外套を羽織る女性。
黒髪を後ろで束ね、よく通る低めの声。
ギルド長・エリシア・クロード。冷静で凛とした強さを持ち、来訪者としてきてすぐ頭角を現した有識者である。
人は能力だけではなく、それぞれの意思が大事だと知る人。
「ここはギルドの管轄。保護と登録の権利は私たちにあるわ。
報告義務は“君たちの内規”であって、“ここの規約”ではない」
青年が眉をひそめる。「エリシア・クロード……“魔法を持たぬ長”か」
「そう。だからこそ、魔法で人を縛るやり方は許せない」
彼女は一歩も引かない視線で続けた。
「当人の意思を尊重しない“保護”は、拘束と呼ぶのよ」
ダイスケは肩越しにナイナとオリーブを見る。二人は小さく頷いた。
「――行かない。私たちはここで、人を助ける」ナイナ。
「私もです。怖いけど、後ろで誰かの手を握れる場所にいたい」オリーブ。
マイクは盾を上げ、イェンは柄を斜めに構える。
「この場での連行は、君たちのいう規約違反では?」ダイスケが言う。
青年は舌打ちし、外套を翻した。
「好きにしろ。だが後悔は――」
「“脅し”はここでは効かないわ」エリシアは淡々と遮った。
「帰りなさい。次は文書で来ることね」
扉が閉じ、張り詰めた糸が緩む。
イェンが大きく息を吐いた。「ふぅー……心臓に悪いある」
「俺も。……膝が笑ってる」ダイスケが苦笑する。
オリーブは小声で「ありがとう」と言い、ナイナは照れくさそうに目をそらした。
エリシアが皆を見回し、柔らかく頷いた。
「――選んだのね。なら、ギルドはその選択を支える」
夜。ギルドの前、灯火の下。二つの月が薄く滲む。
六人は円になった。
「役割は揃った。あとは“名前”だな」マイク。
「誓いの名、いるある」イェンが薙刀の石突きをコツとつく。
オリーブはそっと手を組み、ナイナは空を見上げる。灰の切れ目に、小さな星。
ダイスケは息を吸い、短く言った。
「“アリウス”。――灰の空に、灯をともす
夜明け(アウリス)に誓い(プロミス)を立てる」
沈黙。次いで、微笑。
「いいわね」ナイナ。
「好きです」オリーブ。
マイクは盾の縁で地面をトンと叩き、ジョニーは短く敬礼した。
イェンは拳を胸に当てる。「アリウス、よい響きある」
エリシアが記録冊子を開き、ゆっくりと書き込む。
「パーティー登録――《アリウス》」
顔を上げ、穏やかに告げた。
「あなたたちの誓いが、誰かの夜を照らしますように」
火がぱちりと弾け、灰の空に小さな火の粉が舞った。
それは、確かに始まりの合図だった。
――“アリウス”、誕生。




