選ぶ者たち
朝の冷気が、訓練場の石畳を白く濡らしていた。
木剣がぶつかり合う音と、掛け声と、汗の匂い。
そこに立つ者たちの目は、もう“来訪者”のそれではなかった。
教官リズが剣を構え、真正面にダイスケが立つ。
その手に武器はない。
「本気でやる気か?」
「やるしかないんです。……金がないので」
「はあ?」
リズは呆れ顔で鼻を鳴らす。
「モンク志望が金欠理由とはな。武器を買う金も惜しいってか」
「ええ。拳なら、どこでも持ち歩けますから」
「なるほどな。だったら――試してみろ」
号令と同時に、砂が跳ねた。
リズの突きが一直線に走る。
金属が風を切る音がした瞬間、ダイスケは身をひねり、剣の柄を掴み取る。
腕が痺れる。力の差は圧倒的だった。
だが、離さなかった。
リズが眉を上げる。
「ほう……目は悪くない。だが遅い!」
振り抜かれた刃が頬をかすめ、土埃が舞う。
息が切れる。視界が滲む。
それでも、彼は立ち上がった。
「……拳で守れるなら、剣がなくてもいい」
「言うじゃないか。だが剣の間合いに、素手で挑むやつは馬鹿か勇者かだ」
「……僕は、ただのサラリーマンです」
その言葉に、訓練場のあちこちで笑いが起きた。
リズも鼻で笑い、木剣を下ろす。
「いいだろう。拳士として登録してやる。
だが、次に立ち上がれなかったら二度と名乗るなよ。」
「了解です!」
ダイスケは深く頭を下げた。
剣を持たぬ拳が、初めてこの世界の地を叩いた。
午後。
街の各地で、来訪者たちはそれぞれの“集会所”を巡っていた。
ナイナとオリーブは魔法職の本部へ。
塔の中は冷たく澄んだ空気に満ち、光の線が床を走る。
魔法士たちが書物を抱え、難しい顔で通り過ぎていった。
「ここが……魔法職の拠点……」
ナイナの瞳に、好奇心が宿る。
しかしその指先はまだ微かに震えていた。
火の魔法だけが、どうしても出せなかった。
オリーブはそんな彼女に笑みを向ける。
「焦らないで。水も火も、どちらも“生きる力”です。
焦ってぶつけると、どちらも消えますから」
ナイナは静かに頷いた。
その言葉の意味は、まだ理解しきれなかったけれど。
マイクは《鋼の盾会》へ。
そこでは巨大な盾を構える戦士たちが、肩をぶつけ合っていた。
彼の動きはまだぎこちない。だが、盾を構える姿勢だけは誰よりも美しかった。
「守るってのは、簡単じゃねぇぞ。命を張るんだ」
リーダー格の教官が言うと、マイクは真剣な目でうなずいた。
「……それでも、守りたいんです」
彼の瞳に、長い病の闇をくぐってきた光が宿っていた。
夕暮れ。
仕事帰りの街を歩きながら、ダイスケは仲間たちの顔を順に見た。
ナイナ、オリーブ、マイク、イェン。
それぞれが疲れていたが、不思議と表情は明るかった。
「なぁ、イェン。薙刀、やっぱ買うのか?」
「もちろんある!でも高いある……」
「マイクには盾。オリーブにはローブ……
僕に残る金、ゼロだな。」
ナイナが笑い、イェンが「ダイスケ、財布軽いある」とからかう。
「まぁな。社会人ってのは、だいたい給料日前はこうだよ」
その冗談に皆が笑い、夕焼けが頬を照らした。
夜。
訓練所は静まり返り、風が木壁を鳴らしていた。
誰もいないはずの片隅で、微かな光が揺れる。
ナイナがひとり、掌を見つめていた。
火は出ない。今日もまた、出なかった。
息を吐く。焦げた木の匂いだけが残る。
「……もう一度。」
掌を合わせ、そっと目を閉じる。
胸の奥に、あの日の光景が浮かぶ。
助けられた日、オリーブの祈り。
ジョニーを照らした小さな光。
“私にも、できるはず。”
ぽ、と音がした。
掌に灯った火は、ろうそくよりも小さい。
それでも確かに、夜を照らしていた。
その光を遠くから見ていた者がいた。
道場の影に立つダイスケ。
風に髪を揺らしながら、その火を黙って見つめる。
「……あれが、“魔法”か。」
彼の胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。
夜の風がやさしく吹き抜け、
街の屋根の上で二つの月が重なった。
小さな灯りが、確かにそこに生まれていた。




