灯は灰の中に
静かな風が吹いていた。
手のひらの土は、まだ温かい。
焼け跡に立つ墓標の列。刻まれた文字を指の腹でなぞると、指先に湿りが戻るような気がした。
袖に当たる冷たい風。視界の端で、まだ泥のにおいがする。
「あの日」のことを思い出すと、胸の奥が締めつけられる。
炎の光、遠吠えのような叫び声、そして止まらない足音。すべてを焼き尽くした夜。
今、ここにある静けさは、そこからの残滓だ。
だが、静寂の中にだけ光はないわけじゃない。
背後で小さな声がする。子どもたちの笑い声だ。
仮の屋根が並び、掘り返した畑に手を伸ばす小さな手。彼らは無邪気に、石と瓦礫の間に希望をこさえている。
僕は墓石に触れたまま、その方へ歩き出す。
足元の土を掬い、掌で撫でる。いつものように地面に祈るつもりはない。ただ、確かめたかっただけだ。温かさが残っていることを。
「――クラティス」
手のひらから地面へ、柔らかな振動が伝わる。土が僅かに裂け、乾いた音が響いた。
続けてもう一つの気配を呼び出す。
「――ブロッサ」
割れた土の隙間から、小さな緑が顔を出した。芽は力なく見えるかもしれないが、その目に宿る生命力は鮮烈で、子どもたちの瞳が一瞬で輝いた。
「見てて!」と僕は言う。声は震えていたかもしれないが、誰もからかう者はいない。
小さな芽は、風に揺られても折れない。瓦礫の上の奇跡のように、確かに伸びている。
子どもたちがはしゃぐ。泥だらけの手が伸び、芽を撫でる。
その笑い声は、焦げた壁に反射して、街の奥へと広がっていく。
僕は目を細め、息を整えた。思い出すのは、失った日々の断片だ。ともに食べ、笑い、怒り、眠った時間。些細な言葉や肩叩きのことさえ、いまは宝物のように胸に残る。
何気ない会話、くだらない冗談、手を貸してくれたあの温かさ。そういう日々の総体が、今の僕の核になっている。
灰の中で見つけた小さな灯は、まだ消えていない。
それは激情でもなく、単純な憎悪でもない。失ったものへの静かな敬意であり、これから生きるための確かな意志だ。
僕はその灯を抱え、子どもたちに向き合う。教えることは山ほどある。生きる術、畑の作り方、喧嘩の手加減、そして――何よりも立ち上がる心の持ち方。
夕暮れに近づく空を見上げて、僕は静かに誓った。声は小さくても届くだろう。風が運んでくれるだろう。
――ここで終わらせない。灰の下に眠るものたちの思いを、無駄にしない。
――灯は消させない。僕たちがいる限り、必ず取り戻す。
遠くで鳥が一声鳴き、朝露が石壁を伝って光った。
僕は墓標に手を置き、もう一度だけ指先でそこに刻まれた痕跡をなぞった。名前はまだ言わない。言葉にしなくても、僕は覚えているから。
小さな芽は、確実に伸びていく。灰の中に、確かな灯が灯っているのだ。




