第99話 彼女を部屋に招き入れ
「霧生、よく来てくれた」
『こんにちは吉常くん』
モニターの中の霧生はソワソワしていた。
俺は速やかにマンション入り口のロックを解除するボタンを押して
「どうぞ」
そう言った。
するとモニターの映像が消えて。
数分後、今度はこの部屋のチャイムが鳴った。
「引っ越しおめでとう」
部屋に入って来た霧生は。
買い物袋を提げていた。
ビニール袋に、色々入ってる。
ニラ、ミンチ肉、豆腐……
良く分からない調味料……
これで何を作るつもりなのか?
というか……
ご飯作ってくれるの?
この部屋の調理器具は、ガスコンロだった。
なので自分で消火器を買えと父さんに指示されていたんだ。
その消火器は、午前中に買い出しに行った際に既に買ってあり。
それは、今コンロ下の床に立ててあった。
霧生が躓かないか気になったので、俺はそっと移動させた。
その際に霧生の綺麗な脹脛が目に入り、ドキっとする。
俺の家の調理器具は、現在フライパンと鍋のみ。
中華鍋は無い。
「ちょっとフライパンとコンロ借りるね」
霧生はそう言って、ハーフコートを脱いで。
黒い色のトップスと灰色スカート姿になり。
その上に、緑色のエプロンをつけた。
流しの前に立ち、まだ未使用の包丁とまな板を取り出して。
材料を切っていく。
……彼女の手料理……
食べたくないはずはないし。
俺に背を向けてキッチンに立つ霧生の後姿は……その……
背中から下半身にかけてのラインがすごく綺麗で……
ドキドキした……
何だかそれを直視するのは罪悪感があったので気を紛らせるように
「何を作ってくれるの?」
そう訊ねると彼女は
「麻婆豆腐」
……意外な一言が帰って来た。
「……ゴメン」
座布団2枚並べてローテーブルを一緒に囲んで。
霧生が大皿に盛った麻婆豆腐を
俺と一緒に食べながら、霧生は詫びる。
その顔はかなり申し訳なさそうになっていた。
まぁ、その……
霧生は麻婆豆腐を作ってくれた。
しかも、手作り。
インスタントものじゃない。
豆板醤だとか、そういうものを入れた正真正銘の手作りだ。
だけど……
出来上がったものが、かなりしつこくなっていた。
食えないほどマズイわけじゃないけど、匙が止まるんだよな。
……でもまあ、霧生が作ってくれたんだ。
食べないわけにはいかないだろ。
ご飯を2合ほど同時進行で炊いておいたので、そのご飯を合わせて食ってしつこさを誤魔化しつつ。
俺は頑張った。
食べながら
「……しかし、どうして麻婆豆腐にしたの?」
俺は別に霧生に麻婆豆腐を作ってくれと言った覚えは無い。
ついでに言えば今日だって、別に御飯を作りに来てとも言ってない。
いや、別に非難する気は無いんだけど。
気になったから。
すると霧生は
「……だって全てにおいて勝ちたいじゃん」
ボソッと何か言った。
聞き取れなかったから
「えっ、なんて?」
聞き返すと
「そんなことより」
霧生がさ、少し大きな声で
「……これからは、名前で呼んでいい?」
そんなことを言い出したんだ。