第97話 公私の区別
「あなたたち、恋人関係になってるでしょう?」
その言葉に、俺たちは顔が赤くなる。
言ってなかったからだ。
プライベートだから言う必要も無いと思うし。
俺たちは目を泳がせて、何も言えなくなる。
そこに榎本さんは
「それ自体はおめでとうと言いたいわね。あなたたちならきっと良い恋愛出来ると思うから」
そこだけ優しくそう言ってくれて。
素直に嬉しくなる。
だけど間髪入れずに
「……でも、迷宮探索時はそのことは忘れなさい。相当なNG行為だからね?」
そんなことを、強い口調で咎められる。
俺は「そんなこと分かってます」って言い返そうとした。
でもその前に
「……あなたたち休憩のとき、木の影でキスしてたでしょ? 気づかれないと思ったの?」
……コッソリ、隠れて霧生とキスをしていたことを指摘され。
俺たちは固まった。
「……アタシの一番最初に所属していたパーティ、パーティ内恋愛で空中分解したのよね」
そこで榎本さんは語ってくれた。
榎本さんが一般職業に絶望し。
迷宮探索者になって生きていくと決めて、最初に加わったパーティでの話を。
「5人パーティでね。アタシは宝箱係として雇われて、採用されて」
メンバーの仲も良くて、良い職場だった。
だけど……
リーダーの戦士の男性と、サブリーダーの戦士の女性が恋愛関係になって。
パーティ内で合間合間に、明らかに恋愛関係にある行為をするようになったんだそうだ。
強敵を仕留めたときに抱き合ったり。
そして俺たちみたいにそっとキスを交わしたり。
そんなことを繰り返していたら
あるとき
「迷宮内でイチャつくのはやめてくんないかな?」
他のメンバーからとうとう苦情が来た。
別にその人は、嫉妬してるんじゃなくて。
単純に気になるんだ。
他人の恋愛でも、完全無視は難しい。
そりゃそうかもしれない。
人が異性を求めるのは本能だろうし。
本能に関わることは根深いってどこかで聞いたことがある。
だから他のメンバーが「迷宮内でスキンシップするのはやめろ」と言い出しても、全然変じゃ無いんだ。
気が散ってしまって、危ないから。
だけどそのせいで……
仲が壊れてしまったらしい。
言われた方は、言った方が嫉妬や寝取りの意志を持ってるんじゃないのかと勘繰り。
勘繰られた方は、自分の正当な訴えを妬みから来る戯言だと切って捨てられて怒った。
結果、互いに命を預け合うことに無理が生じて。
解散になったそうだ。
……そっか。
俺は榎本さんには感謝してて。
迷宮探索者のイロハを教えてくれた人だから……
その忠告を、素直に受け止められた。
「……恋さんの仰ること、良くわかりました」
そして霧生もそれは同じようで。
「今後、公私の区別はきちんとつけます。申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げる。
それに関しては俺も同罪だから一緒に頭を下げた。
それに対して榎本さんは
「……こういうの、普通の仕事でも同じだと思うし。気をつけてね」
まぁ、一般企業を何回もクビになったアタシが言うなって言われるかもだけど。
そう言って、榎本さんは微笑んでくれた。