第95話 霧生の想い、霧生への想い
キスを終えた霧生は、何だか俺に強い視線を向けて来ていた。
睨んでいる、って意味じゃ無いんだけど。
ただ
これ以上ガタガタ言うな。
そう言う意思があるように思えた。
それに俺は
今度は俺の方からキスをする。
すると彼女は目を閉じてくれて。
……我ながら、いきなりここまでできたのが少し不思議だった。
多分霧生が思い切って最初を決めて来たからだと思うんだけど。
何でも最初が一番難易度が高いもんだし。
まあそれでも。
何だかエネルギー消費が激しかったみたいで。
俺たちは部活棟のプレハブ建物の、外付け階段の一番下の段に腰を下ろした。
2階建てなんだよな。
何の部活が入ってるかは知らんけど。
そこに並んで座ると、霧生が寄りかかって来て
「……今日、ここに呼び出されてね。隣のクラスの原間君……」
原間って……
誰だっけ。
顔が出て来ない。
俺が黙っているのをみて、霧生は
「多分付き合って欲しいって言われそうだと思ったから、断るためにここに来たんだ」
……別に聞いていないことを言って来た。
別に今は彼女だけど、その前はそうじゃないんだから。
咎めるような話じゃ無いのにな。
「なんで俺に報告してんの? それに俺が文句言うと思ってんの?」
俺はそう自分の思うところを口にする。
すると今度は睨まれた。
「……あのさ」
で、そのまま俺に何か言おうとして。
黙る。
……うーん。
「何が言いたいのか言って欲しいんだが……」
俺がそう、困り果てて来てそう伝えると。
彼女は
「吉常くんは、恋愛の駆け引きと称して、他の男の子に気を向ける女の子は大嫌いだよね?」
その言い方ァ……
だったらハッキリ言ってやんよ。
という気持ちが乗ってる気がした。
霧生が何でそう思うのか。
それは……
確かめなくても分かる。
さすがに。
霧生は俺の家の環境を知ってるから。
俺が何を嫌うのか、予想してくれたんだ。
そんな気遣いが俺は……
たまらなく嬉しかった。
「……私はね。ずーっと好きだったよ。あのとき。迷宮第1階層で吉常くんに会った金曜の夜から」
霧生は語り出す。
あの日……霧生が迷宮第1階層でゴブリンに襲われているところに、俺が遭遇した日から今日までを。
「吉常くんはあのとき、私のことを厄介者で、本音は見捨ててやりたいけど、それは可哀想だから特別に助けてやったって目をしてた。この人、本当は私のことを内心嫌ってるってボンヤリ分かった」
霧生は俺の内心を見抜いてたのか。
すごいな……
俺はそれを嬉しく思うと共に、ある種の恐れみたいなものを感じた。
多分霧生に隠し事をするのは無理なんだ……。
彼女は続ける
「でも、それなのに見捨てなかったんだ。だからこの人、すごく優しい人なんだって思ったの」
そっか……
そう思ってくれたのか。
あのときは、ただ単に本当に憎い相手を殺す身代わりに、霧生を見捨てる自分が嫌でたまらないから助けただけだったのに。
でも、そのせいで今霧生が俺の隣に居て……
「その後、一緒に組むことになって……」
旨い話に騙されて殺されそうになったり、濡れ衣着せられて襲われたり、不運に巻き込まれて全滅しそうになったりしたけど……
そういうの一緒に経験して来て、一緒に乗り越えて来た男の子を大好きになっても、別に変じゃ無いでしょ?
霧生のその言葉に、色々思い起こされる。
本当に色々あったよな。
ウラキの奴に騙されたときは、本当に怖かった。
俺1人ならなんとかなるし、もしダメだったとしても諦められる覚悟はあったけど。
俺が仮に助かっても、霧生が死ぬ。
そんな結末だけは心底御免だと思ったんだ。
そして四戸天将に襲われたときは……
実は情けなくて悲しいだけで、特に怖いとは思ってなかった。
もちろん全く怖くなかったわけじゃない。
でも、怖さで言えばウラキに騙されてラドンと戦う羽目になったときがずっと大きかった。
……その理由は。
四戸天将は俺しか殺そうとして無かったから。
霧生は安全圏に居たからだ。
だから霧生が俺を庇って立ち塞がってくれたときは……
嬉しかったけど、ものすごく怖かった。
……もっと早くに、動けばよかったよ。
それならもっと、彼女に思い出に残るような告白をしてあげられたのに。
そんなことを思い、それを隣の彼女に伝えようとしたとき。
ガサッという音がして。
視線を向けると
誰かが走り去っていく気配があった。
俺の耳は
そんな、彼女もう吉常と
話が違うだろ
そんな言葉を聞き取っていた。
「……エネミーサーチ」
その直後。
ボソッと霧生がそう呟いた。
何でそう呟いたのかは、俺はあまり考えないことにした。