第90話 ずっとしたかったはずの訣別
どうする?
拒否するか?
色々考えた。
やれない理由は無い。
ワンタッチだ。
俺のメールアドレスについては牝豚は知らない。
この番号をブロックしたらもう、コイツとの連絡経路は切れる。
むしろそうすべきなのかもしれない。
だけど
俺はその電話を受けた。
すると
『もしもし天麻、どこにいるの!? 帰って来なさい!』
途端に高圧的なカスの声が流れて来た。
俺は生ごみと相対してる気分で
「帰らないよ。……さっき署名した書類にも書いてたろ?」
『は?』
心底驚いた声。
馬鹿か。
「……親権変更手続きが完了するまでの間、子は、原則として、ホテル郷間殿において生活するものとする。……だっけ?」
詳しい文面を暗唱する。
本来は一緒に書いていた、このホテルの住所の部分は面倒なので省略して。
牝豚が署名した文書に、そういう記述があったんだ。
だから牝豚は、俺がこのビジネスホテルにいることについて文句を言う権利が無い。
俺の言葉に牝豚は
『嘘おっしゃい!』
脊髄反射でヒスる。
気持ち悪い……
「嘘じゃねえよ。てめえの署名した文書の写し貰ったろ? それを1億回読み返せ」
そう言って俺は通話を切断した。
そしてその番号をブロックしようとしたら
すぐさままた電話がかかって来た。
発信者は「パラサ伊藤」さん。
……ったく。
少しイラつきながら、再び繋ぐ。
すると今度は
『母親を見捨てるってどうなの!? あなたは私から生まれたのよ!?」
泣き落しでもする気なのかね。
そんな寝言をほざいてくる。
そんなもんには俺は
「別に頼んでないんだが? しかもお前、父さんを裏切って他の男の種で俺を孕んだんだよな!?」
……俺の言葉に。
電話の向こうで息を呑む音が聞こえた気がした。
こいつ、俺が托卵の事実を知らないとでも思ってたんだな。
なので
『……何故それを……? さてはあの男ね!? 最低! 子供にそんなことを言うなんて!』
……喚きだした。
父さんが卑怯な手段を使ったとでも言いたいのか。
何がだ。
何故自分の種でも無い子供に「お前は俺の子じゃない」って言ってはいけないんだ?
事実なのだし、そうしないと自分の権利が守れないだろ。
悪いのは托卵を企んだお前だろうが! 全て!
俺が托卵の事実を知ったのは、おばあさんが息子の権利を守ろうと釘を刺しに来たからだ。
だけどその事実を言えば、この豚は父さんとおばあさんを侮辱するに決まってる。
だから
「四戸天将」
……この名前を出してやった。
その瞬間、牝豚が黙る。
……笑ってしまうわ。
噴き出しそうになるのを堪えつつ、俺は
「……迷宮で偶然会ったんだよ。そして全部教えて貰ったんだわ、全部」
全部を強調する。
牝豚は沈黙している。
俺は続けて
「そういうわけだから、俺はお前に全く感謝していないし、心底呆れ果てて嫌ってる。もう二度と連絡して来るな牝豚。これからブロックするからな」
あばよ。
そう言って通話を切ろうとしたとき。
『お前なんて産むんじゃ無かった!』
最後にそんな牝豚の叫びが、スマホのスピーカーから響いて来た。
……俺は通話を切った後。
深くため息をつく。
これで終わりか……
嬉しい。
もう二度とアイツと関わらなくて良いんだ。
そう思ったはずなのに。
……何故だか俺は、自分が泣いていることに気づいていた。




