第82話 かつての故郷。見覚えが無い故郷。
ここに来るのははじめてにしか思えない。
元々俺はここに住んでいたはずなんだけど。
綺麗で大きな家が立ち並ぶ、高級住宅街。
どの家も敷地面積が50坪以上は絶対にある。
見ただけで住人が高額所得者だってのがすぐ分かる家の数々。
かつて俺はここに住んでいた。
アイツが托卵をやって家を追い出されるまではここに住んでいたはずなんだから。
……思えば。
俺が托卵の事実を知ったのは小学生低学年のときだったよ。
あれは1人で下校しているときだった。
いきなり、知らないおばあさんに呼び止められたんだ。
「吉常天麻くんね?」
って。
着ている服は高そうで。
お金持ちに見える。
でも、全然知らない人。
俺は知らない人に声を掛けられたので……
別に怖くは無かったけど。
警戒はした覚えはある。
俺はそのおばあさんに
「俺に何の用ですか?」
そう返した。
もしかしたら誘拐目的の犯罪者かもしれない。
そう、思いながら。
するとおばあさんは
「キミね、絶対にお父さんを恨むんじゃ無いよ? キミのお父さんはアナタと血が繋がってないんだから」
……そんなことをいきなり言って来たんだよ。
えっ、と思った。
当時、俺は既に両親が離婚してて、俺が母親に引き取られたのを理解はしていた。
それに関して「お父さんが浮気して、私たちが邪魔になったからと捨てたんだ」と、あの牝豚は俺に教えた。
俺は
当時すでに、あの牝豚が人間のクズであることは理解していた。
だから
捨てられたんだとしても、どうせ原因は全部お前だろ。
そういう思考になっていた。
こんな女が嫁なんて、不快に決まってるし。
そんな女が産んだ子供ってだけで、一緒くたにされてもしょうがない。
そう思っていたんだ。
だから
お父さんを恨むな。
ここまでは理解できた。
全てが自業自得であると思っていたから。
だけど……
血が繋がっていない。
つまり、本当の父親じゃ無い?
そこまでは分かって無かったし。
そもそも、托卵って言葉の存在を知らなくて。
その言葉の意味をそのおばあさんから丁寧に説明されて、理解したとき。
俺は
「ごめんなさい」
……謝っていた。
俺の存在が、父さんを苦しめているに違いない。
そう思ったから。
思わず、土下座をしていた。
土下座って行為の意味をガキの俺はちゃんと理解して無くて。
心から悪いと思ったときにしなければいけない行為と思っていたんだ。
それにおばあさんは
「それはやめなさい!」
……真っ青になって慌てていたよ。
その後。
俺はそのおばあさんに喫茶店に連れて行ってもらって。
そこで店一番のスイーツである「ジャンボパフェ」っていう馬鹿でかいパフェを食べさせて貰った。
おばあさんに「悪いことをしてしまったからお詫びだ」って言われてさ。
そこでパフェを食べながら、色々話して貰った。
そのおばあさんが、父さんの母……つまり、戸籍上の俺の祖母であることと。
その日、そのおばあさんが俺の住んでいる街にやってきたのは
どうせあの女にテキトーな嘘を吹き込まれ、自分の父親を憎む洗脳教育をされているに違いない。
それがどうしても許せないから、探偵雇って今の住所を調べ上げて一言言いに来た。
らしい……
大人としては未熟な行為って言われるかもしれない行為なんだろうけどさ。
俺はおばあさんを責められなかった。
この人は、自分の息子が理不尽な憎悪の標的になるのが許せなかったんだ。
そういう風に思えたんだ。
俺は
「別に謝らなくていいよ。おばあさん」
この言葉が自然に出て来た。
その言葉におばあさんはポロリと涙を流して。
今度は俺が慌ててしまった。
「……悪かったね。あなたが本当の孫なら良かったのにね」
おばあさんはそう言い。
いきなり手帳を出して、一番後ろのページを1枚破って。
ボールペンで住所を書いて渡してくれた。
これから先、絶対にもう耐えられないと思ったときにここに逃げて来なさい。
そう言ってもらいながら。
……つまり、ここ。
かつての俺の実家の住所を。
……格好はこれでいいよな?
俺は今日、学校の制服の学ランを着て来た。
俺の年齢で、相手に失礼が無い格好といえばこれしか思いつかなかったんだ。
目の前には、俺にしてみればちょっとした城か砦に見える豪邸がある。
庭の広さで50坪以上あるし、屋敷部分の敷地のサイズもその倍近くあるように見える。
純白の、3階建ての鉄筋コンクリートの家。
……こんなところに父さんは住んでいたんだ。
事前連絡はしていない。
まず、電話番号が分からないし。
葉書でやるにしても、もし引っ越ししていたら送り返されてくる。
その場合、牝豚に俺のやろうとしていることが露見する。
なので、やれなかった。
アポなし突撃。
無礼なのは分かってるけど……
表札に「頼朋」
……間違いない。
俺は深呼吸し。
門の横のインターホンを押したんだ。
すると1分くらい後に。
『……どなた?』
……年配女性の声が出た。