第8話 誰にも言うなよ?
霧生の話を全部聞き終えて。
俺はその熱意は理解した。
理解はしたが……
評価としては
……何だこいつ。
頭おかしいとしか思えない。
10層が「情報の塊」だって?
そんなふわっとした理由で命賭けて迷宮に潜るって?
阿呆か?
「お前、何言ってんだ?」
俺は思わず口に出す。
だが、霧生の目はやはり真剣そのもの。
嘘や冗談じゃない。こいつ、本気だ。
頭の中で、迷宮のことを思い返す。
迷宮ってのは、日本だけにしかないわけじゃない。
中国、イギリス、アメリカでも確認されてるらしい。
どの国も最初は封鎖しようとしたけど、入り口が勝手に増えたり、迷宮の構造が変わったりで、対策を打っても対策を打ち返して来るので結局諦めた。
……中国だけは早々に攻略に舵を切って、迷宮探索者専門の学校まで作ったなんて話もあるけど。
最終的にどの国も、自由に入れる迷宮を前提に、法整備でなんとか社会を保ってる。
「……行ってどうするんだよ。俺は別に最深部なんて興味無いんだけど」
俺は冷たく切り捨てる。霧生の熱意は分かった。
けど、俺には関係無いし。
8層で金稼いで、さっさとあの牝豚の家から出て、父さんに謝ってお金を返す。
それが俺の目標だ。10層? そんな夢物語に付き合う気は無い。
だが、霧生は一歩踏み出して、俺の目をじっと見つめてくる。
「吉常君。私、行きたいの。知りたいの。この世界の秘密を、誰も知らないことを、私の手で確かめたい」
……くそ、なんなんだよ、この目は。
俺は思案する。
正直、俺でもソロで2層のクリスタルには到達できる。
3層でパーティーのバイトやってるんだから、腕には自信があるから。
そもそも今日は2層で実戦訓練のつもりだったし、霧生を連れてくくらい、絶対とは言い切れないができなくはない。
今の問題はさ……
ここで霧生を突き放して帰らせても、こいつ、絶対また来る。
それなんだよな。
そんで、どっかでゴブリンかスライムにやられて死ぬわけだ。
多分高確率で。
無事にクリスタルに到達することは多分無い。
……それか。
クリスタルに触らせてもらう見返りで、荷物持ちなんかを荒くれ探索者に申し出て。
そんでお約束通り迷宮内でレイプされて殺されて放置される。
このパターンもあるな。
……迷宮内の犯罪は捜査できないから事実上取り締まれないので、女の迷宮探索者って極端に少ないんだよ。
頭に、嫌な想像が浮かぶ。
学校で「霧生夏海さんが行方不明になりました」ってアナウンスが流れる。
それを聞いた俺は「馬鹿じゃねえの? 自業自得だ」ってそれを鼻で笑い。
内心、ウチの牝豚を死なせてやったような疑似体験を、霧生を見捨てて死なせたことで達成した気になり、ほくそ笑む──そんな自分を想像する。
……それは駄目だろ。
それは、ただの弱い者いじめだ。
「……誰にも言うなよ?」
俺は低い声で言う。
「えっと、何を?」
霧生が聞き返して来たので俺は
「クリスタルに触るところまでは手伝ってやってもいい」
その言葉を聞いた瞬間、霧生の目がパッと輝く。
「ホント!?」
そう言うので俺は渋々頷き。
一応、釘を差しておく。
「……ただし、言いふらしやがったら、ただじゃおかないからな?」
「う、うん! 絶対言わない! 約束する!」
霧生が慌てて頷く。
なんか、子犬みたいに素直というか無邪気というか。
少しムカついた。
「……ただし、ソロだから絶対いけるとは言えないからな? 今日は駄目でも文句言うなよ?」
俺は剣を抜いて歩き出した。
霧生が後ろからついてくる気配を感じる。
……やれやれかよ。
今日は俺は2階で実戦経験を積む予定だったのに。
全くツイてねぇな。