第73話 亡命者
「アンタ、すごいな」
海外の迷宮で倒した番人の実績が、そのまま日本でも通用するのかとか。
愛用武器も海外から持ち込めたのかとか。
色々あるけどさ。
まず俺はそう思ったんだ。
だから素直にその言葉が出た。
彼女は、サクラはきょとんとしていて
「……知るかニホンから出て行ケって言わないのカ?」
不思議そうに俺に訊ねる。
俺はその言葉に
「言わないよ。……大体ここ、無法地帯じゃん」
ちょっとだけ非難されるかもと思ったけど。
思い切ってそう言った。
迷宮内はバレなきゃ何をやってもいい、騙される方が悪い。
そういう世界だ。
そこにさ
「……アンタ多分、亡命者ってやつだよな?」
言葉の意味を訊ねるように、榎本さんに視線を向けつつ俺。
それを受けて榎本さんは頷いて
「まぁ、大体あってると思うわよ。自分の国にいると悲惨な目に遭わされるから逃げ出した人のことだし」
そう、言葉の肯定を受けたので
「そんな人が、外の社会に迷惑を掛けない様に、無法地帯の迷宮内に引き篭もって生活しているのに、出て行けなんて言えないよ」
俺はそう、思うところを言葉にした。
そう言うと
……サクラは、ものすごく嬉しそうにした。
その様子に俺はちょっと可愛いと思った。
彼女、多分俺より少し年上で。
かつ、榎本さんみたいな完全な大人には見えない。
大学生くらいに見えるんだよな。
年齢的には、だけど。
ミノタウロスと戦っていた時は目付きが険しい女性だと思ったけどさ。
嬉しそうに笑うと普通に可愛いな。
それでもやっぱ目つきが鋭いというか、キツイ印象あるけど。
「ええト、オマエ、名前を教えて欲しイ」
彼女に名前を訊ねられた。
俺は少しだけ迷ったが
「俺は吉常天麻」
……正直に名乗った。
機械持ち込み不可の迷宮内に住んでる人が、俺の名前を悪用するなんて物理的に考えにくいし。
それ以前に、俺たちは危ないところをこの人に救われたんだ。
名乗らないのは不義理だと思う。
それに便乗する形で
「私は霧生夏海」
「アタシは榎本恋よ」
……他の2人も名乗った。
「吉常サン、霧生サン、榎本サン……」
サクラは一度聞いた名前を繰り返し
次に
「ワタシの名前ハ……」
「ストップ」
多分本名を名乗ろうとしたので、俺は直前に押しとどめた。
それはしなくてもいい。
不思議そうに俺を見る彼女に
「……アンタの本名は重さが違うから、言わなくていいよ。既にサクラって名前があるじゃないか」
俺はそう言ったんだ。
「吉常サン、ミノタウロスを倒した一撃はスゴイと思っタ。ソコクでもあそこまで動けるヤツいなかった」
そしてその場で、迷宮関連の話で盛り上がった。
最初は、ここでの楽しみは何なのかとか。
どうやって生活しているのかとか。
彼女の娯楽は、外の世界の新古書店で買って来た激安の日本語の小説で。
普段の食糧についてはエターナルフルーツだけで済ませているそうで。
そのために。
毒鳥チンを狙って射殺しまくり、出現した宝箱からアイテムをゲット。
その後に迷宮内に出没する闇商人にゲットしたアイテムを引き渡して、見返りに少々の現金の他にエターナルフルーツを貰っているとか。
……なんでも、闇商人と約束をすれば、定期的に接触することはできるんだってさ。
で、待ち合わせる時間の測り方は……この階層、必ず3日に1回の周期で激しい雨が降るので、そこからカウントしているらしい。
そして水は、その3日に1回の雨を複数のバケツに溜めて、それを浄化して使ってるそうな。
僧侶ランク3に水を浄化して飲み水にする魔法があるからな。
……それで水、足りるのか?
3日に1回の雨で。
ふと、そう思ったんだけど。
1つ、重大な可能性に思い当たり。
それ以上突っ込むのは止めておいた。
流石に女性に訊いて良いことじゃない。
で、話題を変える意味でクラス能力の話になり。
彼女が僧侶3で、サブクラスが学者だということを知り
「学者の力で弓を習得したってことか」
俺はそう言って感心した。
戦士を取ってガチガチにモンスターを戦うだけがガチバトルじゃないんだな、と。
そこから最初の言葉に至るわけだ。
俺のミノタウロス討伐がすごかった、って。
褒められると少し照れ臭い。
視線を外して頭を掻いた。
「吉常くんはずっとすごかったんですよ。私と出会う前はたった1人で迷宮探索者をしてたくらいですし!」
……すると何故か唐突に、霧生が口を挟んで来た。