第7話 迷宮探索者になりたい!
お前……何でここにいるんだよ?
問わずにはいられなかった。
普通じゃないから。
高校生の女が、しかもこんな素人丸出しの装備で。
自殺行為だ。
霧生は俺の視線に気圧されたように、唇をきゅっと結んで黙り込む。
視線をそらし、ゴーグルを握りしめた手が小さく震えている。
……だんまりかよ。面倒クサ。
「帰るぞ」
俺は吐き捨てるように言うと、霧生に背を向けた。
こんなバカ女を相手にしてる暇はない。
とっとと入り口に引き返し、コイツを外に出したら潜り直しだ。
だが、その瞬間──
「私、迷宮の最深部……第10層に興味があるの」
ポツリと、霧生の小さな声が背中に届いた。
「……は?」
思わず振り返る。10層?
何だそりゃ、急に。
霧生は俯いたまま、言葉を続けた。
「世界でもまだ、10層に到達した人はいないって話じゃん。表向きは」
俺は顔を顰めた。
確かに、迷宮探索者の間じゃ常識だ。
第8層が現実的なゴール。
そこでは宝箱から「若返り薬」「全快薬」なんて高額で売れるアイテムが出る。
8層到達者はそれで一攫千金の夢を叶えて高額所得者になり、そこで満足してそこから先の階層の探索をやめる奴がほとんどだ。
何故なら9層からは話が違うから。
モンスターの強さが「割に合わないだろ」ってレベルで跳ね上がる。
ごく一握り、名声目的で9層に挑む奴が居ないわけじゃないけど。
全員、番人でやられている。
9層の奥にいる「黄金の騎士」って番人だ。
メチャクチャ強いらしい。
そいつに挑んだ奴は、生きて帰っても「やらなきゃよかった」と後悔の言葉を吐くだけ。
次こそ勝つ、なんていう奴はいないらしい。
それなのに10層?
無茶だろ。
そんなとこ、到達した人間は誰も居ない。少なくとも、公式には。
「……興味があるのは分かったよ。で、何でまたそんなとこが気になるんだ?」
俺の声には、苛立ちと呆れが混じる。
10層が未知の領域だってのは、まあ、理解できる。
好奇心をくすぐる話だ。けど、なんで高校生の女がそこまでこだわるのよ?
俺に訊かれて霧生は少し顔を上げ、眼鏡の奥の瞳をキラキラさせながら、まるで抑えきれない情熱を吐き出すように話し始めた。
「吉常君。この世には、ある立場に立たないと知ることができない情報があるんだよ」
「……は?」
またワケのわからんことを言ってくる。
俺が怪訝な顔をすると、霧生は少し慌てたように手を振って早口で続けた。
「例えばさ、中性子爆弾。あれ、アメリカしか持ってない兵器だよね。昔、どうしてもその構造を知りたくて、ネットとか本で色々調べたことがあったの。でも、どこにも本当の情報なんてない。推測とか噂ばっかり。結局、知るにはアメリカ人になって、政府の中枢に入るしかないって気づいたの。でも、そんなの無理でしょ? 科学者か政治家として超一流にならないとダメだし、頑張ってもどうしようもないところあるじゃん……!」
俺は黙って聞く。
霧生の言葉には、妙な熱がこもってる。
嘘を言ってるようには思えない。
「でも、迷宮の10層は違うの! 誰でも挑戦できるんだよ!?」
激しい手振りを加えつつ熱弁する霧生。
「そこには、限られた人しか知ることができない情報の塊が待ってるかもしれない……! そう思ったら、どうしても見に行きたくなったの!」
その言葉はやはり真剣そのもので……
嘘偽りは一切ないように思えた。
「……だから、私、迷宮探索者になりたい!」
……当然、この言葉も。