第66話 ニヒムの毒
ヒュドラが襲いかかってきた。
9つの頭が、シャアアアと不気味な音を立て、俺たちに牙を剥く。
人間に近い顎が、涎を滴らせながら開閉する。
榎本さんの話通り、毒吐きの予備動作は一目で分かった。
口を閉じ、もごもご動かすその動きは、まるで人間が唾を吐く前みたいだ。
なるほど、確かに「予備動作がある」ってだけで通じるな。
ゴチャゴチャ説明したら、逆に混乱するかも。
ベッ!
ヒュドラの中央の頭が、紫色の毒液を吐き出した。
涎は透明だから、毒液イコール唾でもないのか。
……ややこしい!
そう文句をつけつつ、俺が毒を回避すると。
ヒュドラの他の頭が、毒を吐かずに噛みついてくる。
人間に似た歯がガチガチ鳴るのが、なんか悍ましい。
気持ち悪いな、と思いながら
俺はニヒムを振るう。
その一振りで、ヒュドラの首がぶっ飛んだ。
黒い血が噴き出し、ヒュドラがシャアアアアと悲鳴のような呼吸音を上げる。
暴れる巨体。
そこに
「ファイアーボール!」
霧生の魔法が炸裂。
切断面に直撃した爆裂火炎が、ヒュドラの肉を焼き、再生を阻止する。
榎本さんが教えてくれた。
ヒュドラの首は斬っただけじゃダメなんだよ。
放っておくと1分もしないうちに二股になった新しい頭が生えて来る。
それを防ぐには、切断面を即座に焼くしかない。
俺はバックステップで距離を取り、霧生の魔法の邪魔にならないよう動く。
この辺は事前の打ち合わせ通りだ。
「セイヤッ!」
榎本さんが魔槍ファウストを斧モードに切り替え、ヒュドラの首に斬りかかる。
槍で牽制しつつ、隙を見て斧で叩き切る戦法だ。
ただ、ちょっと苦戦してるみたいで、一撃では斬れてない。
俺が3つの首を斬り落とした頃、榎本さんがやっと1つを刎ね、霧生がファイアーボールで焼いていた。
……残り5つ。急がないと、俺の獲物が減ってしまう!
ベッ、ベッ!
ヒュドラの2つの頭が同時に毒液を吐く。
俺は身を低くして回避。
毒液が頭上を通り過ぎ、俺の後ろの地面に落ちた。
なんだか、全部見えてる気がした。
動きが読めると思った。
俺は踏み込み、ニヒムをV字に振るう。
斬り下ろしと斬り上げで、2つの首を同時に斬り落とす。
「わわっ!」
霧生の驚きの声が聞こえた。
……なんか、気分が乗ってきた!
「ファイアーボール!」
霧生の魔法が、切断面を焼く。
残り3つ。
1つは榎本さんがファウストで牽制中。
なら、俺のターゲットは2つだ!
俺は突進し、ニヒムを横に薙ぐ。
1つの首が宙を舞う。
霧生のファイアーボールが即座に切断面を焼き、再生を封じる。
残り1つ!
最後の頭を視界に捉え、間合いを詰める。
だがそのとき、すでにヒュドラの口がもごもご動き、毒吐きの予備動作に入ってた。
マズい!
吐かれる前に仕留めなきゃ!
俺は全速力で駆け出し、ニヒムを下段に構える。
あれは俺の獲物だ! 間合いに入り、踏み込んだその瞬間──
ベッ!
紫色の毒液が、霧となって俺の胴体を直撃。
それはニヒムの刃がヒュドラの最後の首を斬り落とすのと、ほぼ同時だった。
「吉常くん!」
俺の耳に、霧生の悲鳴が響いた――