第65話 セカンドクリスタルに向けて
デオード、よし。
毒消しポーション、よし。
迷宮に潜る前、俺たちは自分たちの街のアドベンチャラーズに預けてたデオードと毒消しポーション、3本ずつを引き出した。
背負い鞄に丁寧に詰め込み、最終確認。
霧生と2人で、リストを指差しながらひとつひとつチェックした。
これを忘れたら、今日の決断が水の泡だ。
迷宮内に機械時計は持ち込めないけど、約束の時間に遅れないように迷宮の入り口を潜る。
そして第2階層のエレベーターホールで榎本さんを待つ。
静かなホールに、俺と霧生の2人。
あまり待たずに、現れた榎本さんと合流する。
「油断せず、冷静にいきましょう」
挨拶もそこそこに、彼女はいつもの落ち着いた声で言う。
魔槍ファウストを肩に担ぎ、鋭い目で俺たちを見据える。
エレベーターの箱を待つ間、榎本さんがぽつりと話し始めた。
「アタシのときは6人パーティだったわ」
彼女の経験談だ。
戦士3人、召喚士、僧侶、魔術師の所謂フルパーティでセカンドクリスタルに挑んだらしい。
安定感はあったけど──
「隠密行動が上手くいかなかったと思う。人数が増えると、モンスターに見つかる可能性が高まるのね」
だから、と彼女は続ける。
「今のアタシたちは3人。半分の人数。アタシのときと比べて有利な面があるとしたら、そこよ」
なるほど。
6人でギリギリだった戦いに、3人で挑む。
準備を重ねても無謀に思える。
でも榎本さんの言葉は、少ない人数が逆転の鍵になる可能性を示してる。
希望が少し湧くけど──それでも、苦しい戦いになるのは間違いない。
エレベーターの箱が第2階層に到着し、ガコンと音を立ててドアが開く。
これから第5階層。
運命の瞬間だ。
エレベーターから出ると、鉛色の空と雷鳴が俺たちを迎える。
廃墟ビルの影が、不気味に揺れている。
俺は鞄からデオード3本を取り出し、霧生と榎本さんに渡す。
それを俺たちは3人同時に自分の身体に振りかける。
降りかかる液体は冷たかったが、すぐに蒸発するように消えてしまい、濡れることは無かった。
中身が空になり、消えてしまうデオードの瓶。
それと同時に霧生が腰の砂時計をひっくり返し、砂が落ち始める。
続けて
「エネミーサーチ!」
彼女の魔法が発動。
周囲の敵の気配を探る波動が、霧生を中心に広がった気がした。
「さあ、行くぞ」
たった1時間。
榎本さんの話では、セカンドクリスタルまでは戦闘なしで20分ほど。
戦闘は避けられない場合のみ、1~2戦に抑える。
それが事前の打ち合わせだ。
俺たちは速やかに出発した。
廃墟ビルの間を縫い、セカンドクリスタルのある場所を目指す。
「このまま進むと、敵に遭遇するよ」
霧生の警告。
俺たちはピタリと足を止める。
「立ち止まってはいないから、ちょっと待って」
彼女の指示通り、1分ほど息を潜める。
遠くで雷がゴロゴロ鳴る中、緊張感が漂う。
「OK……いこ」
こんなやりとりを、すでに2~3回繰り返してる。
時間のロスは気になるけど、戦闘するよりマシだ。
……でも、砂時計の砂は確実に減ってる。
帰りはデオードが切れる可能性を覚悟しないといけないよな。
頭の片隅で、そんな計算がチラつく。
だが、その次の瞬間だった。
「ストップ!」
抑えているけど、霧生の声が鋭い。
またモンスターか?
最初は軽く考えてたけど。
彼女の顔が強張ってるのを見て、嫌な予感がした。
チラリと霧生の腰にぶら下がってる砂時計を確認。
……まだ砂は充分残ってる。デオードの効果時間内だ。
だとすれば
「……来る。向こうもこっちに気づいたみたい」
霧生の言葉で、背筋が凍る。
俺は咄嗟に魔剣ニヒムの柄に手をかけ、引き抜き、構える。
榎本さんもファウストを握り、ウォードックの召喚準備を始める。
数秒後、目の前のビルの影からそいつが現れた。
9つの頭を持つ数メートルの黒い大蛇。
黒光りする鱗の巨体に、爬虫類より人間に近い顎を持つ目のない頭。
シャアアアア……。
空気を吐く爬虫類らしい不気味な音が、廃墟に響く。
……これがヒュドラか。
そんなヒュドラの9つの頭が、俺たちを一斉にロックオンしている。
人間のような舌を吐き出し、ゆっくり這い寄って来る。
想像の数倍不気味で、恐ろしかった。
だけど……
来い――!
俺は剣の切っ先をヒュドラに向けて。
覚悟を決めた。