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第64話 えっ、そっち?

 アマノバーガーの店内に、霧生と一緒に入った。

 ハンバーガーチェーン店のアマノバーガーの店内は、昼飯どきじゃないからか、客がまばらで静かだ。


 カウンターで一番安いコーヒー、120円のを2杯頼んだ。

 ちょっと金はかかるけど、落ち着いて話すにはこういう場所がいい。

 霧生を連れてきたのは俺の都合だし、コーヒー代くらいは出すのが筋だろ。


 丸いテーブル席に霧生を座らせ、俺も向かいに座る。

 プラスチックのトレイに載った紙カップのコーヒーを霧生に渡して


 さぁ、これから話をはじめようと思ったとき。


「で、何の話なの?」


 霧生が少し目を泳がせながら言う。

 眼鏡の奥の目が、なんだか落ち着かない。

 話が読めなくて動揺してるのかもな。


 だから、俺は結論から切り出した。


「そろそろサブクラス取得に向かおうって思うんだ」


「……えっ、そっち?」


 霧生の声が一瞬高くなる。

 そっちって……他に何を予想してたんだ?

 彼女の肩が少し下がって、ホッとしたみたいな雰囲気が漂う。


 ……なんだよ、ほんとに何考えてたんだ?

 まぁ、別にいいけど。


 俺は続ける。


「霧生はさ、3年に上がるまでに第6階層で稼いで見せないといけないんだろ?」


 確認のつもりで言うと、霧生は小さく頷く。


「うん。そうだね。啖呵切っちゃったし」


 彼女の声には、いつもの明るさに混じって、ちょっとした決意が滲んでる。

 焼肉屋で聞いた、親との対立や迷宮最下層への執着を思い出す。

 あの時の霧生の目は、真剣だった。


「逆算すると、今年中にサブクラスを取得して、第6階層に足を踏み入れれる強さを得ないとマズいだろ」


 俺の考えをまっすぐ伝える。

 霧生は少し考えて、ゆっくり頷いた。


「えっと……ああ、そうかもしれないね。3年に上がる直前にサブクラス取得しても、第6階層で稼いだ、とは言えないかも」


 霧生が俺のざっくりした計算を認めてくれる。

 1月から4月までの3ヶ月は、少なくとも第6階層に馴染む時間に充てたい。


「だから、そろそろアタックを掛けようと思うんだ。セカンドクリスタルに」


「なるほど……」


 霧生がまた頷く。

 同意してくれそうで、ちょっとホッとした。


 でも、彼女はすぐに黙り込んで、紙のコーヒーカップをじっと見つめる。

 やがて、視線を上げて俺を見て


「でも、上手くいくかな? ヒュドラの毒はどうするの?」


 その質問は、予想してた。


「毒消し3本でなんとか」


 俺は用意してた答えを返す。

 霧生は眉を寄せて、ちょっと不安そうに言う。


「1人1本しか使えないわけだよね……」


「そうだな」


 そこで会話が止まる。

 霧生の目は「それで大丈夫なの?」って言ってるみたいだ。

 俺だって、正直、不安がないわけじゃない。


「1人5本ずつ用意しても、やっぱり不安はあると思う」


 俺の言葉に霧生が小さく頷くのを見て、俺は考えを整理しながら話した。


「だから、基本はエネミーサーチでモンスターを避けて進む方針だ。デオードも合わせて使って」


 デオード──魔法の消臭剤。

 あれも1本5000円で、毒消しと同じくらい高いけど。

 それも俺たちは一応3本常備してる。


 今まで使わなかったけど、ミノタウロスの嗅覚を誤魔化すには必須だ。

 ヒュドラは熱感知があるからデオードじゃダメだけど、エネミーサーチで距離を取ればなんとかなる……はず。


「榎本さんは、正攻法でクリスタルを目指したみたいだけど、俺たちは静かに、素早く、こっそり目指そう」


 俺のアイデアに、霧生は少し考えてから口を開く。


「……恋さんの同意を取れるか、言ってみよう」


 その声には、覚悟を決めた響きがあった。

 霧生が納得してくれた。やった、と思う。


 その時、霧生がコーヒーカップを持ちながら、俺をちらちら見て


「……ところでさ」


 彼女の声が、ちょっと遠慮がちだ。


「吉常くんが決断したの、私が原因……?」


「そうだよ」


 俺は即答した。

 事実だし、隠す理由もない。

 すると、霧生が少し目を大きくして、続けて訊いてくる。


「私が迷宮探索者を辞めることになるの、嫌ってこと?」


「嫌っていうか……」


 寂しい。


 そう言いかけた瞬間、なんかヤバい気がして、言葉を飲み込んだ。

 流石にそれは、ストレートすぎるだろ。


 顔が熱くなるのを感じながら、俺は慌てて言い直した。


「信用できる仲間がいなくなるのは、普通に嫌だって」


 ちょっと繋がらない返答になった。

 霧生は一瞬、きょとんとした顔をして、クスクス笑う。


「ふふっ、普通に、ね」


 彼女の笑顔に、なんかホッとしたけど、胸の奥がモヤモヤする。

 霧生はコーヒーを一口飲んで、眼鏡の奥の目を細めた。


 そして続けて


「じゃあ、私から恋さんにメッセージを送ってみるよ」


 そう、霧生は最後の交渉を引き受けてくれる。


 そして次の週末が来る前の日。

 金曜日。


『恋さんのOK貰えた。行ってみようか、って』


 霧生からそんな電話が俺のスマホに掛かって来た。

 ……よし。


 絶対に取るぞ。

 サブクラス……!

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