第63話 決断のときかもしれない
新学期が始まり、数週間が過ぎた。
夏休みが終わってからも、俺たちは週末ごとに第5階層に潜り続けている。
エレベーター周辺の、廃墟ビルに囲まれた荒れ地での戦いに、だいぶ慣れてきた気がする。
キマイラも危なげなく狩れるようになってきた。
連携はスムーズだ。
魔剣ニヒムに関しても、俺は扱いに馴染んで来た気がする。
使っててマズいとは今のところ思えない。
霧生もランク3魔術師系魔法の扱いに慣れて来た。
ブリザードの他にも
敵の存在を察知するエネミーサーチ。
対象の発する音を消去するサイレンス。
だいぶ慣れて来た。
でも、慣れたなんて自己判断は、どこにも保証が無いんだよ。
若葉マークが取れるとか、そういう目に見える証拠が無いんだから。
……だから。
セカンドクリスタルを目指す踏ん切りがつかない。
セカンドクリスタルに到達してサブクラス取得を成し遂げないと、第6階層にはとても踏み込めない。
一応、ブラックトータスを討伐して俺たちは第5階層と第6階層に踏み込む資格を得たけどさ。
入る資格と、そこで稼ぐは別だから。
セカンドクリスタル到達。
その道を阻むのが、第5階層でもトップレベルの危険度を誇る2種類のモンスタ─
それは……ミノタウロスとヒュドラだ。
ミノタウロスは、牛頭の紫色の獣人。
こいつの特色は、馬鹿力。
もし「ただの怪力だろ? 大したことない」とか言う奴がいたら、ふざけんなと言いたい。
馬鹿力ってのは、それはつまり受けができないってことだ。
捕まったら終わりってことだ。
受けようとしたら防御姿勢ごと押し潰されるし。
捕まったら玩具のようにねじ切られる。
その動きだって、メチャクチャ速くはないだろうけど、筋力があるんだから鈍すぎるなんてありえないし。
油断したら即死だ。
そしてヒュドラ。
9つの頭を持つ黒い大蛇。
こいつの特色は毒。
浴びると地獄の苦痛が襲い、1時間放置すると精神が壊れるって話だ。
僧侶のいない俺たちのパーティじゃ、毒消しポーションが命綱。1本5000円。
高い。
3本で1万5000円、10本揃えたら5万円だ。
とんでもない出費だよ。
今、俺たちの手元にある毒消しは3本。
安全のため、常に3本キープするつもりでいたけど、余った分を売ってしまったのが悔やまれる。
売らなきゃ良かった……。
宝箱頼みで集めるにも、毎回入ってるわけじゃない。
10本集めるのに、どれだけ時間がかかるか分からない。
……だけどさ
俺たちには時間がない。
霧生が高校3年生になるまで──あと半年ちょっとで、第6階層に到達して稼げる身分にならないと、彼女は親に迷宮探索者を辞めさせられるかもしれない。
それが俺はたまらなく嫌だった。
霧生と一緒に潜れなくなるのは寂しい。
……うん、寂しいんだ。
多分、俺。
ここで足踏みしてる暇はない。
だから、俺は決めたんだ。
「なぁ、霧生。放課後時間ある?」
休み時間。
学校の俺たちのクラスで。
教室から出て、どこかへ向かおうとする霧生を呼び止めた。
彼女は少し驚いたように振り返る。
「えっと、何?」
眼鏡の奥の目が、ちょっと動揺してる。
いつも明るい霧生が、こんな表情するの珍しいな、と思った。
俺は霧生のその言葉に
「そのとき伝える。俺たちの話だよ」
俺はそう言って、放課後の約束を取り付けた。
サブクラス取得の話は、榎本さんには関係ない。
俺と霧生、2人だけの問題だし。