第61話 世紀末世界とは
週末がやってきて、俺たちはいよいよ第5階層に足を踏み入れた。
エレベーターのドアが開くと、目の前に広がるのは薄暗い世界。
空は鉛色の雲でびっしり覆われていて、遠くで雷がゴロゴロと不気味に鳴り響く。
エレベーターの周囲は草一本生えていない荒れ地で、地面は乾いてて、ひび割れたコンクリートみたいに固い。
視線を上げると、ボロボロの高層ビルが立ち並んでいる。
どのビルも窓ガラスは全部割れ、壁面には無数のひびが入っていて、まるで核戦争後の廃墟だ。
「なるほど。時はまさに世紀末、って感じですね」
霧生が周囲を見回しながら、妙に楽しげに呟く。
彼女の眼鏡の奥の目は、好奇心でキラキラしていた。
「夏海ちゃん、よくそんなワード知ってるわね」
榎本さんが少し意外そうに言うと、霧生は軽く笑って答えた。
「母が機嫌良いときに、たまに歌ってまして。なんか愛のために拳で戦う男たちの歌らしいんですけど」
なんか盛り上がってるな、と思った。
霧生のこういうテンションは、いつもパーティの空気を軽くしてくれる。
一方、俺は目の前の廃墟に目を奪われていた。
この荒涼とした世界、どこか現実の社会の裏側みたいで、妙に落ち着くような、不気味なような、複雑な気分だ。
そこでふと、思ったことを口に出した。
「ここだったら、人が住めませんか?」
廃墟のビルは、屋根も壁もあるし、うまく使えば家にできそうな気がしたんだ。
ただの思い付きなんだけど。
すると俺の言葉に、榎本さんが即座に答えてくれる。
「ここの階層は危険度の高いモンスターがウロウロしてるし。臭いで探知する奴も当然いるわ」
「でも、あのビルの一番上なら臭いで察知されそうにない気が……」
俺は、10階建てくらいのビルを指差しながら反論してみた。
高いところなら安全そうじゃないか?
風も吹いているだろうし。臭いも散るだろ。
でも
「もし察知されたら? しかも寝てる間に察知されたら?」
榎本さんの冷静な一言が、俺の楽観を一瞬で吹き飛ばした。
……だよなぁ。
そんな命を賭けたギャンブルをするバカはいないか。
避けられない理由も無いのに、こんな場所で寝るなんてリスクが高すぎる。
俺は苦笑いしながら頷いた。
……そんな話をしていると。
突然、低い唸り声が耳に飛び込んできた。
グルルル……
ビルの影から、ゆっくりとそいつが現れる。
雄ライオンに、背中から黒いヤギの頭が生えていて、尻尾は蛇になってて鎌首をもたげている。
そんな異形のモンスター。
「キマイラよ!」
榎本さんが鋭く叫び、俺たち全員が身構える。
彼女はすかさず情報を続けてくれた。
「ライオンの頭から火炎を吐き、背中のヤギの頭は僧侶の魔法をランク2まで使ってくる! 火炎は無効で、尻尾の蛇は毒蛇よ!」
俺は魔剣ニヒムの柄に手をかけながら、ゴクリと唾を飲んだ。これが第5階層のモンスターか。
見た目からして、第4階層のヒュージスターや半魚人たちとは格が違う。
5階層の実感が湧いてくる。
「ちなみに、こいつは5階層で弱い方だからね!? これを楽に倒せないと、とても先には進めないわよ!」
「マジか……」
俺は思わず呟いた。
霧生も隣で「これで弱い方!?」と声を上げ、ちょっと焦った顔をしている。
これが5階層……サブクラス取得を実現する階層のモンスター……
ゴクリ、と唾を飲む俺。
そんな俺たちをライオンの頭がジロリと睨み。ヤギの頭も見回し。尻尾の蛇は舌をチロチロと出している。
負けるつもりは当然ない。
俺はニヒムを鞘から抜いて正眼に構えた。
……さあ、来やがれ!