第56話 共有財産だよ
「すみません、俺の分の盾を売却して良いですか?」
闇商人との交渉。
そこからの帰り道。
階層移動のエレベーターの中で、俺は2人に言い出した。
俺の言葉に2人は
「えっ、どうして?」
「……ひょっとして魔剣ニヒムを買うお金が無いの?」
俺の金欠を心配して来たので。
俺は顔を左右に振って
「いや、そういうわけじゃないですけど」
否定。
コツコツと迷宮内で得た稼ぎを貯蓄した金が今、俺の銀行口座に十万円近くある。
今日の稼ぎを合わせれば、そっから10万円を出すのは不可能じゃない。
なので、俺が盾を売ろうとするのは
「盾をつけると、腕の動きに制限が出ますから」
……これなんだよな。
今日、宝箱に入ってた盾2つ。
腕部にバンドみたいなもので装着するやつで、盾を持つと腕が1本完全に塞がるわけじゃ無いんだけどさ……
それでも、自由な腕の動きは阻害されるんだ。
なので、正直自分は装備したくない。
なので、売り飛ばしたいと考えていた。
俺はそのあたりを2人に説明する。
すると
「……なるほどね。それは死活問題かもしれないわね」
防御を気にするあまり、俺が前衛戦士としてまともに戦えなくなる恐れ。
そこを気にしてくれてるのか。
榎本さんは納得してくれる。
……榎本さんも前衛やってるから、そこは分かって貰えたか。
だけど
「……盾は一応持っておこう? 売ったら買い戻すのに売却金額の数倍のお金を払わなきゃ、なんだよ?」
……霧生は反対したんだよな。
そして続けて
「……私、5万円出すから」
えっ。
そんなことを突然言われた。
「ちょっと待って、何で霧生が俺の買い物の半額を出すわけ?」
「吉常くんの買い物ってだけじゃ無いと思うよ? 魔剣ニヒムを買うのは」
……俺の疑問の言葉に、即座に霧生が返して来た。
「だってさ、私は吉常くん剣に呑まれているなーって思ったら、取り上げる立場なんだよ?」
だったら半額持つべきじゃん。
剣を共有のものにしておかないと。
……なるほど。
人差し指を立てて、自分が半額出すことの妥当性を口にする霧生に。
感心するとともに。
真面目に俺の言ったことを聞いてくれたことと。
その気遣いに嬉しさを感じた。
(……魔剣ニヒムが共有財産)
ふと、そんな言葉が頭に浮かび。
……なんかとても、気分が高揚した。
約束の日。
金を用意して約束の時間に間に合うように迷宮に入り。
迷宮第2階層のエレベーターホールで闇商人を待つ。
人はちょくちょく来る。
第3階層以上に用事がある人はここに来ないといけないので。
なのでここで追剥はリスク高過ぎ。
比較的安全なエリアと言えると思う。
俺と霧生、5万ずつ出し合って、金を詰めた封筒を懐にしのばせ。
今か今かと待っていた。
あの闇商人、間違いなく魔術師のランク5技能を持ってて、ひょっとしたら上級職かもしれない。
あのときもいきなり現れたし、いなくなるときも急に消えた。
つまり、魔術師ランク5魔法のテレポートが使えるってことだ。
「10万円の買い物は初めてだよ」
「俺は最初の剣で1回あるけどな」
ソワソワする心を鎮めるため、そんな会話をする俺たち。
そこに
「やあやあ、お待たせしました」
突然傍に、闇商人が姿を現した。
最初に会ったときと同じ、黒ローブにサングラスとマスク姿だった。
闇商人は右手に黒鞘の太刀を持っていて。
「アナライズ!」
霧生がそれを分析し、本物と確認。
頷いてくれたので、俺は
「どうぞ」
「毎度ありです」
俺の差し出した封筒を受け取り、闇商人は剣を渡してくれた。
意外なことに、彼はその場でお金の確認はしない。
俺のことを信じているってことなのか……
それとも、万一金を誤魔化していたら後で報復するぞという意思の表れなのか。
……多分、後者だな。
テレポートを使用できる人間の恨みを買うなんて恐ろしい限りだしさ。
「では、豊かな迷宮探索者ライフをお過ごし下さい」
取引が済んで。
闇商人は少し俺たちから離れて一礼。
それと同時に姿を消した。
……終わった。
俺は手の中の黒鞘の太刀……魔剣ニヒムを見る。
震えが来た。
これが……リスクありのワケアリ品だけど……魔剣。
絶対に使いこなしてみせる……!
そして……
絶対にアイツ……四戸天将に勝つ!