第53話 魔剣が欲しいそのときに
なんとなくだけど、4階の番人の部屋に飛ぶことが出来る扉の周辺で、俺たちは戦っていた。
南国をイメージさせる砂浜に、ヒュージスターの立てる鳴き声のような空気を吐く音が響き、俺たちの剣と魔法が躍った。
このあたりで遭遇するモンスターの宝箱が、レアドロップをするんじゃないのか?
そんなイメージ……確かな根拠は何もないけど、願いを込めてここを狩場にしていた。
いや、まぁ一応、ここで盾をゲットしたから、根拠が全く無いかと言うとそんなことは無いんだけど。
盾は高く売れるからね……アドベンチャラーズで買うと30万円くらいするんだ。
多分、売却したら6~8万円くらいになるんじゃないか?
「ヒュージスターを倒すの慣れて来たよねぇ」
少し離れた位置で、榎本さんが宝箱を処理している。
彼女の指先が器用に罠の仕掛けを解く音が聞こえて来る。
それを離れて、近場の岩に腰を下ろして。
見守りながら、霧生が呟く。
そうだな。
この、番人が居る島はヒュージスターに良く遭遇するんだよ。
あの星形ヒトデのモンスターは、最初は動きの素早さに面食らったけど、今じゃそのパターンが体に染みついてる。
どう斬り付ければいいのかとか。
どうやればファイヤーボールで一網打尽にできるのかとか。
だからまぁ、慣れてしまった。
的確に楽勝で処理できるようになった。
俺も、霧生も。
「だな。本当に全然苦戦しなくなった。……油断は禁物だけど」
俺がそう返すと、霧生は「うん、だよね」と軽く笑って返して来た。
彼女の声には、明るさがあった。
そこで、しばし沈黙。
やがて
「ゲームの話だけどさ」
そこで会話が途切れたと思ったからか。
霧生が別の話を切り出して来た。
彼女は手振りを交えて、どこか楽しげに話し始める。
ダンジョンRPGだと、魔王や竜王等の最強格モンスターが最強武器を落とすことはまぁ、ほぼ常識なんだけど。
それは別に、絶対の真理ではなくて。
意外な敵が強力な装備を落とす場合もあるそうだ。
「ウィルオーウィスプって、ただちょっと固いだけの人魂モンスターが、最強の武器を落とした話ってのがあるんだよね」
だから、ヒュージスターがそうだったらいいのにな、って。
少し思うんだよねぇ。
なんかさ、大して強く無いでしょ?
でも見た目はヒトデで、星のイメージ。
なんとなくウィルオーウィスプと被るって言うか……
霧生の声は弾むように軽やかで、眼鏡の奥の彼女の目がキラキラと輝いているのがわかる。
楽しそうに話す霧生。
霧生は、この状況を楽しいと思ってるんだな。
その振る舞いに俺は少し嬉しくなる。
そんな話をしていたら。
「……ちょっと手古摺ったけど、無事解除出来たわ」
榎本さんが宝箱の罠を解除できたらしい。
榎本さんの声には、いつもの落ち着いた自信が滲んでいる。
頼もしい限りだな。
「開けるわよ」
言って、榎本さんがその大きな宝箱の蓋に手を掛けて、一気に開いた。
蓋が軋む音。
俺たちの視線が一斉に宝箱の中へと注がれる。
……その中には
「盾が2つも入ってる……」
多分、宝箱の中身としてはここでは破格の結果だろう。
高く売れるし、アイテムとしても価値が高い盾が2つも入ってるんだ。
金属製の円形盾で、日の光を反射してる。
確かに良い品だ。
だけど……
(魔剣がない)
内心、呟く。
贅沢を言ってるのは分かっているから口には出さないけど。
「どうしたの……?」
でも、霧生が俺の顔色を読んだのか、そんなことを言って来た。
彼女の視線は鋭く、俺の心の揺れを見逃さない。
さっきの楽しげな雰囲気とは打って変わって、どこか心配そうな表情だ。
どうしよう……?
ここで、何でも無いって言うべきなんだろうか?
でも、そんなことを言っても即見抜かれる気がする。
悩んだ。
悩んで
やっぱ「大したことじゃない」って言って、自分の思いを秘めようとしたとき。
「やぁやぁ。迷宮探索者の皆さん。はじめまして」
……突然、知らない人間の声がしたんだ。
男の声だった。
ギョッとして。
俺たちは一斉にそちらに視線を向けていた。