第48話 真相は
「吉常くんはクズじゃないです! 私が危ないときに何度も助けてくれた!」
霧生の叫び声が、4階層の石橋の上に響き渡った。
彼女の声は震えていたが、目は真っ直ぐに男を見つめていた。
霧生……。
俺は彼女のその姿に心から感謝した。
俺にとって救いの光だったんだ。
だが、男はそんな霧生を可哀想なものを見る目でじっと見つめ、冷たく言ったんだ。
「お前さんはまともな家庭の子供で、ご両親も幹部自衛官に教師やったな。……悪いことは言わん。目を覚ますんや」
そして少し優しさがあった。
俺に対しては侮蔑と嫌悪だけだったのに。
……そこから俺は気づいてしまった。
霧生の家庭環境をわざわざ持ち出すその口ぶり。
そしてこの男が霧生に対して見せる「温情」のような眼差し。
ここから気づいたんだ。
──俺が人殺しと疑われているのは、俺の生まれのせいなんだ、ってことに。
男の目は言っていた。
本来ならお前も殺人犯の仲間のはずなのに、俺たちが賢明な判断で「それは違う」とジャッジしてやったんだ。
なのにお前は何を血迷って、人殺しを庇っているんだ……? そんな思いを。
俺は必死で記憶を遡った。
迷宮内は監視カメラがない。
つまりアリバイを物理的に証明する手立てなんて存在しない。
俺たちが誰かと関わったという推定は、外の世界の記録でしか裏付けられないわけだ。
そこで、俺の思考はひとつの結論に辿り着いた。
──あいつだ。
ウラキだ。きっとあの野郎、あの後殺されたんだ。
俺たちが最後にウラキと関わったのは、黄金のリンゴを巡る裏切りの件。
直後にあいつが誰かに殺されたとすれば、俺たちが疑われるのは自然な流れだろう。
だから俺は叫んだ。
「俺たちはウラキを殺してない! むしろ殺されそうになったんだ!」
その言葉を、男は鼻で笑い。
「ぬかせ。被害者が殺されたのが間違いない以上、やったのはお前や。……低層での迷宮内で追剥なんて、早々起こらんねん。小遣い稼ぎしかできへんからな」
さらに畳みかけるように、冷酷な声で続ける。
「追剥でないとすると怨恨。だとするとお前や。言い訳すんなカス」
一刀両断。
まるで俺の言葉に耳を貸す価値すらないとでも言うように。
そして俺の方は
男の言葉から、被害者がウラキであることは間違いないと確信した。
男は続ける。
ウラキは刃物で首を刎ねられていたらしい。
3階層にそんな芸当ができるモンスターはいない。
獣か植物モンスターばっかりだからだ。
だから殺人で確定だ。
それが男の言い分。
俺の頭に、ウラキが黄金のリンゴを持って逃げ去ったあの瞬間がフラッシュバックした。
あのリンゴ──5キロの黄金の塊、売却すれば確実に1000万円以上になるアイテム。
あれを誰かに奪われたんだろう。
ウラキが追剥に遭う理由は十分すぎるほどある。
俺は潔白を訴えるためにそのことを口にしようとした。
だが、すぐに思いとどまった。
どうせこの男は「嘘を吐くな」と一蹴するに決まってる。
もっと有力な別証拠もないのに、俺の言葉に耳を貸すはずがない。
そのときだった。
「ウラキって男、その2人をラドンの生贄にするためにハメたのよ」
榎本さんが静かだけど、しかしハッキリ力強く言ってくれた。
榎本さんはこれまで黙って俺たちの会話を聞いていたんだけど、ついに口を出してくれた。
その言葉に男は榎本さんに目を向け、顔を顰める。
「……ラドンやて?」
榎本さんはそんな男の視線を真正面から受け止め、頷いた。
「アタシはラドンに襲われている2人を助けに入ったの。間違いない。証言するわ」
そして、彼女はさらに畳みかける。
「金の取引所で黄金のリンゴが売り払われた記録、ここ最近で無いか調べてみて。闇では流さないと思うわ。……ここで得たアイテムを闇で流して、他人に言えない金作ってどうするのって話だし」
榎本さんの言葉は、迷宮のルールを熟知した者らしく冷静で的確だった。
黄金のリンゴのような高額アイテムは、闇市場で売るよりも正規の取引所で売却する方が安全で効率的だ。
迷宮産である以上、盗品では無いと思われるのが普通なのに、わざわざ犯罪である闇ルートを使う理由がない。
だからウラキが殺されたのなら、黄金のリンゴがどこに流れたかを調べれば、犯人の手がかりが掴めるはず。
取引の際に名前は書くだろうしな。
その言葉を聞いた男の顔が、初めて揺らいだ。
何とも言えない、微妙な表情。
……まるで「マズったな」
そんな顔だった。
そして男は
「……分かった。調べてみるわ。……じゃあな」
そう言い残し、俺に対する謝罪の言葉ひとつなく、踵を返した。
男のテレポートの魔法が発動する気配。
その瞬間、俺の胸に怒りが沸き上がった。
こいつ、俺を牝豚の人間性を理由にして一方的に殺そうとした。
それなのに、間違いを認めず、謝りもしない。
……だけど同時に、俺の心のどこかで納得してしまう自分がいた。
牝豚を知っていれば、その息子は信じる価値なんてないんだ。
怒鳴りたいという激しい感情。
同時に、当然かもしれないという諦めの感情。
両方の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
その中で俺はただ一言、絞り出すように言った。
「……名前ぐらい名乗ってけよ。アンタ」
男は振り返り、冷たい目で俺を見て
「……四戸天将や。……間違っても俺の親父は天将やなんて言うんやないで?」
四戸天将……俺と同じ「天」が入った名前……
あの牝豚、そう言う名前を俺につければ、ワンチャン結婚のチャンスがあるとでも思ったんだろうか……?
そんなことを頭の片隅で考える。
男……四戸天将は
まるで俺をゴミのように見下しながら、吐き捨てるように続けた。
「お前は俺の汚点なんやからな? 自覚せえよそこんところ」
そして、その発言を掛け声にしたのか。
シュンと、彼はテレポートで姿を消した。
あのとき現れたのと同じ、唐突な退場だった。
俺は立ち尽くしたまま、拳を握りしめた。
……助かった。
でも……
とてつもなく空虚な思いが俺に襲い掛かって来た。
俺……誰にも望まれないで生まれて来たんだな……