第47話 見下げ果てたクズ
「あのときは本当に呆れたわ」
男は吐き捨てるように続けた。
「妊娠確定後にあの女は言ってきおったんや」
旦那と離婚するから私と再婚して欲しい、と。
頭の片隅でまさか無いだろうと思っていた、最悪ルート。
騙し討ち。
妊娠を盾に、自分との結婚を強行する目論見……
俺の父さんは高額所得者だけど、第8層に到達した迷宮探索者と比較すると、さすがに稼ぎは負けてるんだ。
少し戦うだけで、オークションで300万円のアイテムが転がり込んでくる人間とは。
なので牝豚は、良物件と判断して乗り換えようとしたんだと思う。
まるで車を乗り換えるみたいに。
……見下げ果てたクズだよ。
本当に死ねばいいんだ。
俺は気が付くと泣いていた。
そんなクズから生まれて来た、穢れた自分が恥ずかしかった。
「……でや、俺は一応それは想定しとったからな」
女を妊娠させておいて責任を取らないなんて男として最低だとか、父親の自覚を持ってくださいとかほざく牝豚を
テレポートで富士の樹海のど真ん中に連れ出した。
牝豚は呆然としていたらしい。
あのゴキブリ、この男がそういう手段を取ってくることを想定してなかったんだ。
卑劣なだけで、愚かすぎる生き物……。
で、こう言ったらしい。
「……俺はな、ナメられるのが嫌いなんや。俺をナメた以上、死を覚悟せい。……じゃあな」
そう言った後、自分だけテレポートで元の場所に戻り。
牝豚を富士の樹海のど真ん中に放置した。
そのまま半日放置して。
一応、最後のチャンスを与えた。
迷宮アイテムの「人探しの水晶球」で、牝豚の現在地を確認し。
その場所にテレポート。
そこで誓わせた。
2度と自分の視界に入らない事。
2度と自分をイラつかせない事。
そしてこのことを絶対に警察に通報しない事。
この3つを1つでも破れば、今度はアマゾンのど真ん中に放り出す。
そのときはそのままだ。絶対に助けない。
牝豚はガタガタ震えて、小便を洩らしつつ、樹海の腐葉土の上で土下座し、全ての要求を呑むことを受け入れた。
「お前はそんな親から生まれたんや。……どや? 死にたくなったやろ? それとも逆恨みしとるんか? ママ可哀想、とか」
薄笑いを浮かべた男の冷たい、見下した目。
俺は何も言えなかった。
「……ほな、そろそろ殺したるわ。一応俺は父親やからな。自分の精子が人殺しに育ったなら、処分せんと」
男は自分の魔剣を大上段に構える。
魔法剣は発動し続けている。
燃え上がっている大剣……
俺は涙に濡れた目で、無感情に見つめた。
不思議と恐怖が無かった。
多分、高熱の剣だから、俺の身体は抵抗なく両断されてしまうんだろうな……
そう思い、見つめて……
「待って下さい!」
そのときだった。
俺の前に霧生が割り込んで来たんだ。
まるで、俺を護るみたいに。
少しだけ震えていたけど。
そして
「吉常くんは人殺しなんてしてないですよ! 絶対にしてないです!」
そう、ハッキリと男に向かって言い切った……いや、言い切ってくれたんだ。