第42話 騙される方が悪いんだよ
俺の家の自室……畳敷きの6帖の部屋……で横になっているとき。
ふと「迷宮内の殺人事件」というワードから
ウラキのことを思い出した。
ラドンを榎本さんの助力のお陰で討伐成功し、榎本さんをパーティにお迎えして。
あそこに至るまでの事情を色々話した後。
榎本さんに言われたんだよな。
「騙した方が悪いに決まってるじゃない、は迷宮の外の理屈だからね」
俺たちがさ、外に出てスマホが手元に戻ったらギルガメッシュにウラキのやったことを書きこむって口走ったときに。
榎本さんは「やめときなさい」って言ったんだよ。
理由がそれなんだ。
迷宮では騙される方が悪いんだ。
もし書き込みをしても、ウラキが警察に逮捕されたり、迷宮探索者業界から叩き出されたりしない。
理由は簡単。
証言だけではコソ泥1匹逮捕できないからだ。
ウラキの奴が「僕の態度が気に喰わなかったからと、嘘を吐くのやめてもらえますか?」と言い返してきたらどうしようもないんだ。
迷宮内で客観的な証拠なんて取りようが無いからな。
結果何が起きるかというと、俺たちがカスか間抜けであるという宣伝効果と。
黙ってれば良いのに余計なことをギャーギャー喚いたという、ウラキからの逆恨み。
本当にろくでもない。
なのであのことは俺たちは「とても良い勉強だった」と思うことにしたんだ。
一応、ウラキの評価にノーコメントで最低点はつけておいたけどさ。
理不尽だよな……しょうがないんだろうけどな……
そのとき。
玄関ドアが開く音がした。
で、女の声。
「帰ったわよぉ」
……牝豚が帰って来たらしい。
声の感じからすると、飲んでやがるな……クズの分際で。
出迎えないと面倒なので俺は
「おかえり」
一応玄関に出た。
するとそこには、この住居のレベルと不釣り合いな立派な服を身に着け、厚化粧をして酔っぱらった牝豚がいた。
コイツが俺の遺伝学上の母親の吉常五美。
この生き物と俺が血が繋がってると考えるだけで、吐きそうになる。
……一応、俺宛ての養育費を使い込むことで、ブランド物の服を買えてしまえるような、そんな高収入の男と結婚出来ただけあって。
多分見た目は良いんだろう。
俺にとっては憎いだけの相手だから、全く綺麗だと思ったことは無いけど。
寝転がっている牝豚は
「てんまぁ、水を持ってきて頂戴」
そんな寝言をこいてきた。
自分で行けカス。
内心そう思うが、言うことを聞かないと
「誰が産んでやったと思ってるの」
だの
「誰が育ててやったと思ってるの」
だの。
ウザいことを喚き散らす可能性があるので
「ハイ」
極めて事務的に、水道水を汲んで来て。
玄関の上がり框にその水の入ったコップを置く。
するとゴキブリが
起き上がって水を飲み。
そのまま玄関でガーガー寝始めた。
……このままくたばらねぇかな?
永眠しろ害虫。
内心思う。
衝動的にコイツの頭を踏み砕いてやりたくなるが、そこはグッと抑える。
俺はこの生き物の健康など心底どうでもいいので、部屋に戻り。
明日の準備をして寝ることにした。
……明日は迷宮探索に行く予定だし。
疲れを残すわけにはいかないもんな。