第4話 霧生夏海
転校生少女・霧生夏海。
彼女は、まるでこのクラスに何年も前からいたみたいに溶け込んでいた。
たった数日で、クラスの女子とも男子とも笑顔で会話している。
協調性が高いってのもあるんだろうけど、コミュ力が凄まじい。
他人のことを良く見ているのかね。
影で悪口を言われているように見えないんだよな。
新入りの癖にデカい顔し過ぎとか、そんな感じで。
そこは、俺も素直に「すごいな」と思う。
俺も仲良くしたいとは全く思わないが。
体育の時間がやってきた。
俺はいつものように、クラスメイトとは別のメニューをこなしていた。
俺は迷宮探索者で、「戦士」のクラス取得者。
クラス取得者は役所で登録が義務付けられてて、怠ると犯罪になる。
そして登録すると、身体能力の前提条件が一般人と違ってしまうので、体育は別枠になる。
小学生の集団に高校生が混じるわけにいかんだろ?
クラスのみんながグラウンドでサッカーやってる中、俺は1人でトラックを延々ランニングしていた。
汗が額を流れ、息が上がる。
仲間外れというか、疎外感はそりゃ感じるけどさ。
クラス「戦士」を取ったのは俺だから。
文句を言う気は無かった。
そのときふと、視線を感じた。
隣のグラウンドで、女子が走り幅跳びをしていた。
で、砂場で幅跳びの記録計測をしている中。
端っこで霧生夏海がこっちを見てたんだ。
彼女の眼鏡が光る。
サッカーじゃなくて、明らかに俺に注目してる。
……ランニングなんて見て面白いのかね?
放課後、教室で教科書をカバンに詰めてると、背後から声がした。
「ね、吉常君! ちょっと今いい?」
振り返ると、霧生夏海だった。
ニコニコした顔で、ちょっと距離が近い。
「なんだよ」
「吉常君、クラス取得者なの?」
えらく直球だな。
確かに、高校生でクラス取得者ってのは珍しいけどさ。
変な奴だと思われるのも分かってるし。
だから、別に隠す気もない。
「そうだよ」
珍獣を見に来たんだろ?
そう思って、ちょっと冷たく返す。
すると、霧生の目がキラキラ光り出した。
なんだその反応。
「え! ホント!? ね、ね、どこまで潜ってるの?」
「は?」
急に前のめりで訊いてくるもんだから、俺は一瞬戸惑う。
何なんだ一体、この喰い付きは。
とりあえず、正直に答える。
「3層だよ」
「3層!? ってことは、番人を倒したことあるんだ!? じゃあ、吉常君、戦士のランク2なんだね!」
迷宮には番人と呼ばれるモンスターがいて、そいつを倒さない限り先に進めないポイントがある。
で、この番人なんだけど……倒したときクラスのランクが上がるんだな。
そこまで知ってんのかよ……
迷宮のマニアか。
その勢いに若干ヒキながら
「……3層到達は大したこと無いよ。掃いて捨てるほどいるよ」
俺はそう冷静に返す。
3層なんてまだまだだ。底辺もいいとこ。
大したことない。
なのに、こいつはまるで俺にヒーローでも見つけたみたいな視線を向けている。
何なんだ、こいつ。
ただの高校生が、そこまで迷宮に詳しいなんて。
「霧生さんさ、なんでそんな迷宮のこと知ってんの?」
霧生は一瞬、目をパチパチさせた。
まるで、しまった、って顔。
でも、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「えー、だって、迷宮探索者ってかっこいいじゃん! リアル冒険者って感じで!」
「……ふーん」
本当かよ、と思う。
なんか、嘘っぽい。
思い付きで言ってるような気がする。
だけど、追求する理由無いしな。
俺はカバンを肩にかけ、教室を出ようとする。
「じゃ、俺、自主トレあるから」
「あ、待って! 吉常君、迷宮ってどんな感じ? どんな敵出てくるの?」
また追いかけてくる。
ウッザ。
でも、何故か霧生に俺は「いい加減にしろ」と一喝する気が起きなかった。
どうしても訊きたくてたまらないんだ、という本気の好奇心を感じたからかもしれない。
少なくともこいつは真剣だ。
それだけは肌で感じ取った。
だから
「また今度な」
約束だけして俺は教室を出た。
背後で霧生が「えー! 教えてよー!」って声が聞こえるけど、無視する。
外は夕暮れ。冷たい風が頬を撫でる。
俺は迷宮探索のための自主トレに向かいつつ、頭の片隅で考える。
霧生夏海。
変な奴だったな。
迷宮探索者なんてヤクザ職業の事情を知りたがるなんて。