第35話 召喚士と魔術師
榎本さんの召喚獣2体が倒されてしまった。
絶命と同時に塵になり消える2頭のウォードック。
それを焦りつつ見ながら榎本さんが
「吉常くん、ちょっといい?」
「何ですか榎本さん?」
ラドンを前にして剣を構えている俺に
「10秒ちょい、時間を稼いで」
そう言って、沈黙する。
そこでなんとなく予想する。
「分かりました!」
……榎本さんは召喚魔法を使用するつもりだ。
召喚魔法は、呼ぶ召喚獣の外見をイメージする必要があるそうだから、魔術師や僧侶の魔法より隙が生まれやすいとは前に聞いた。
俺は
「霧生、俺の後ろに!」
事前に霧生にも言っておく。
榎本さんを護ることを優先するんだから、同じ場所に居て貰わないと困る。
「分かった……!」
霧生は頷いて、榎本さんの傍に駆け寄る。
「俺が相手だ!」
そして<挑発>の重ね掛け。
これでラドンの注意が俺に向くはず。
狙い通りラドンの視線が俺に向くのを確認し、俺は覚悟を決めた。
流れるように、滑るように。
ラドンが距離を詰めて来る。
そこからまるで貫手でもやるようにラドンが腕を突き出してきて――
俺は距離を取る。
その腕が予想通り爬虫類の大顎に変わって噛み付いてくる。
……喰らったら、その部分が無くなるな。
俺たちのパーティには僧侶が居ない。
回復ポーションはあるけど、人体欠損級の大怪我で、どこまで効果があるのやら。
喰らったら色々終わりだ。
絶対に貰うわけにはいかない――
背中に冷たい汗が出る。
でもこれが嫌なら、この世界でやってはいけないんだよな。
俺は歯を食いしばった。
そして何回か、ラドンの噛みつき攻撃をやり過ごした後。
待ち望んでいた声が聞こえた。
「召喚! カルキノス!」
榎本さんの声。
視線を向けられないから分からないが
「ああっ!」
霧生の驚きとある種の興奮を感じる声。
……呼んだんだな。
召喚士ランク3の召喚獣「カルキノス」を
カルキノスはカニの召喚獣で、外見は体長が1メートルくらいの青色の巨大カニだ。
甲殻類らしく、高い防御力と。
その鋏の恐ろしいパワーが特色だ。
身体が重いのか、動きはそれほど速く無いんだけどな。
「行きなさいカルキノス!」
カルキノスは榎本さんの命令を受けて動き出す。
わりと静かに、ラドンに接近し
ガキッと
ラドンの足をその鋏で挟み込んだ。
……召喚獣は主人とある程度意識が繋がってて。
こうやって、ああいう適当な命令でも、主がイメージした通りの仕事をすることができるんだ。
初期の召喚士の仕事は主に偵察。
戦闘に参加できるようになるのはランク2から。
一応戦闘に投入できる犬の召喚獣「ウォードック」が呼べるようになってからだね。
……だから榎本さんは、それ以外の部分で頑張って来たんだよな。
俺はカルキノスの活躍を見て、それに思いを馳せそうになる。
寸前で思い止まったけど。
今はまだ戦闘中だ。
足をカルキノスに挟まれたラドンは動けなくなった。
足を切断はされていないけど。
……あれが人間の足なら確実に足が無くなってるんだけどな。
ここだけでもラドンが化け物なのは理解できる。
別に痛そうな顔もせずに、ジロリとラドンはカルキノスを見下ろしていた。
自分の足を挟み込んで離そうとしないカルキノスを。
そして
グアッと、その右手を大顎に変えてカルキノスに喰らいつく。
だけど。
流石にカニの召喚獣。
ラドンの噛みつきを喰らっても、あっけなく粉々にはならず、耐えていた。
ギチギチと、嫌な音はしたけれど。
そこに
「もうひとつ! 来なさい!」
さらにもう1体。
榎本さんがカルキノスを召喚する。
……少ししんどそうに見えたが、榎本さんの目から闘志は失われてはいなかった。
呼び出されたカルキノスが、速やかにラドンに接近していく。
これ以上面倒くさいのが増えると嫌だと思ったのか。
それとも、この間に逃亡されるのが嫌だったのか。
ラドンはまず、自分の足を今挟み込んでいるカルキノスAに、口から火炎のブレスを吐き出した。
まともに火炎を浴びるカルキノス。
火炎はまずそうだ。
だってカニだもの。
そして今、迫ろうとしているカルキノスBに
今度は左手を向けて、それを大顎に変化させ。
ガパリと大きく開いて、そこから――
リアルの口から吐いてる火炎ブレスと比較にならないほどの激しい炎を吐きだした。
口を開くタイミングで危険察知した俺たちは、ギリギリで退避が間に合う。
カルキノスBはブレスに飲み込まれ、焼きガニになる運命に――
そのときだった。
「エネルギーバレット!」
霧生の魔法のシャウトが聞こえたんだ。
霧生がラドンに向けた手のひらから、拳大のエネルギー弾が撃ち出され
火炎を吐き出すために大口を開けている、ラドンの爬虫類の顎の内側に叩き込まれた!
ヒャアアアアアアア!
その瞬間。
火炎のブレスが止まった。
はじめてラドンの表情が歪み、真っ青な顔で悲鳴を上げている。
弱点にエネルギーバレットの直撃を受けたのがそこまでの激痛なのか。
俺は思った。
……霧生!
火炎ブレスを吐く瞬間がチャンスだって瞬時に判断したのかよ!
すげえ!
すげえよ霧生!
俺は霧生の咄嗟の機転に感謝して
悲鳴をあげているラドンに駆け寄り
悲鳴を吐き出しているその口の中に剣の切っ先を突き入れた!
予想外に軽めの手ごたえの後。
俺の剣の切っ先が、ラドンの後頭部から生えた。
口の中から向こう側に貫通したんだ。
その瞬間、ラドンの身体が塵になる。
勝てた……!
――霧生。
俺はここまで組んで来たクラスメイトの女の子を振り返る。
彼女は少し興奮した顔をしてて。
そして俺に眼を向けて喜びの笑みを浮かべ。
その後、目を逸らした。