第32話 裏切り
「それはスリープミストですよ」
ウラキ氏が教えてくれた。
ラドンの弱点はスリープミストであると。
マジか……!
「えっ、スリープミストなんですか?」
「はい」
あまりにもあんまりなその弱点に、霧生が聞き返す。
気持ちは分かる。
あんな、見るからに強さを醸し出している化け物の弱点が、ランク1の魔術師の魔法だなんて。
意外過ぎる。
でもさ……
スリープミスト自体は、この階層でも現役で使える魔法なんだよな。
現にファングバブーンには通じたわけで。
だからさ……
絶対にあり得ないとは言えないわけだ。
すごく意外ではあるけど。
なので霧生は
「……分かりました」
覚悟を決めたらしい。
じっと、ラドンを見つめて。
手を翳し
「スリープミスト!」
……魔法を使った。
その瞬間だった。
ラドンの顔の周辺に紫色の霧が出て……
直後にぎぎっ、とラドン……金髪少女の顔がこちらに向いたんだ。
そして
ふわり、と少女・ラドンが浮かび上がり。
滑るようにこちらに向かって来た。
「えっ」
霧生の戸惑いの声。
えっ、弱点じゃ無いの?
硬直する。
そして少女・ラドンがこちらに接近し。
霧生の傍……半径1メートル圏内まで寄って来て。
そのときだった。
ゾクッっと何かを感じた。
俺は反射的に霧生の胴体に腕を回し、引っこ抜くように一緒に横に飛んだんだ。
バクンッ!
……ラドンの右腕が、巨大なワニか恐竜の顎のようなものに変わり、一瞬前まで霧生がいた空間に喰いついた。
間一髪だった。
俺がとっさに、危険を感じて霧生を攫わなければ。
きっと霧生は、下半身だけになっていたと思う。
それぐらいの凶悪な噛みつき攻撃……!
「ちょっとウラキさん!」
俺は口をつくようにウラキ氏に言う。
無論非難だ。
話と違うじゃ無いか!
弱点じゃ無かったのかよ!?
だけど
「すみませんね」
ウラキ氏は全く動じていなかった。
そしてこう言ったんだ。
「……僕が黄金のリンゴを手にするために、どうしても囮になってくれる誰かが必要だったんですよ」
……は?
頭が真っ白になった。
ちょっと待てよ
声が震えた。
「……アンタ、まさか最初から俺たちを嵌めるつもりでここに連れて来たのか!?」
信じられない気持ちだった。
まさかそんな、そんな理由でこの人は……!
囮を了解なしに立てると言うことは、相手が死んでも構わないという意思表示。
つまりこいつは、俺たちの命と引き換えにしてでも黄金のリンゴが欲しいということになる。
強盗殺人者と変わらない……!
動揺した。
その隙に、ウラキ氏……いやウラキのやつは素早く黄金のリンゴの木に移動して。
身軽によじ登り、その実を取った。
「おっと、ズシッと重い」
笑い混じりにそう言って。
ウラキはひらりと着地した。
「それでは。健闘を祈ります」
そんな言葉を残して。
ウラキは逃げていく。
追いたかったが……
「こっちだ、化け物!」
俺は立ち上がり剣を抜き、ラドンにスキル<挑発>を使用する。
すると、ラドンの視線がこっちに向いた。
……霧生を見捨てるわけにはいかないだろ!