第197話 最低な妄想
「よく考えたら、バーサーカーを自分に使えば良かった……でも、魔法の影響がこの子に出たらマズいか」
個室の病室に移されて、夏海は娘を抱きながらそう軽い調子で反省会みたいなことを口にしている。
バーサーカーはランク4の僧侶系魔法。
対象者にヒーリング能力と痛覚遮断を与える魔法。
確かにお産の際には嬉しいかもしれない。
俺はそれに対し
「陣痛であれだけ苦しんでいたら、どのみち魔法の集中できなくない? だったらヴァルハラブレイドを分娩室に持ち込んだ方がいいだろ」
そう、普通に返していたけど。
頭の中では嫌な妄想が渦巻いていた。
この子はきっと母親に似る。
俺にはあまり似ないと思う。
……遺伝子の構造上、そうなってるはずだから。
人間の遺伝子にはX遺伝子とY遺伝子があり、生まれて来る子供は両親からそれを1つづつ引き継いで生まれて来る。
男の子の場合は母親からX遺伝子、父親からY遺伝子。
そして女の子の場合は……
ともにX遺伝子を引き継ぐんだ。
男の子の遺伝子の構成はXYで、女の子はXXなんだな。
男の子の顔が高確率で父親に似るのはこのためだ。
確定で父親のY遺伝子を引き継ぐせいなんだよ。
だから俺は四戸天将と顔がよく似てる。
初めて会ったときにも、血縁であることがすぐ分かった。
だけどこの子は、多分そうならない。
そうなってくると、顔で俺の血筋だと確証が持てないよな?
そこに気づいたときに、そんなあまりにも最低な妄想が湧いたんだ。
この子、俺の子であることが見た目で分からないな、って。
……何考えてんだ、俺。
病室のベッドの横に丸椅子を置いて、夏海と会話しながら俺は妄想を必死で打ち消していた。
俺を裏切って俺以外の男に抱かれて、子供を身籠る夏海を。
1人くらい、旦那の子でなくても許されるでしょ、なんて笑いながら。
あなたの子供、きっと可愛いだろうなぁ、って言いつつ。
本当に、本当にあり得ない妄想。
ふざけるなよ……
夏海はアイツとは違う。
牝豚とは、あの牝ゴキブリとは違うんだ……!
――でも、確証が無いよな?
黙れ!
「この子の名前どうしようか? 麻子なんてどうかな? 最初の子だしあなたの1字が欲しいし」
「ねえ、どう思う? 女の子だし、名前に子をつけておいた方が無難かなと思うんだけど……」
「パパ?」
少し心配そうな声を掛けられて。
俺はハッとする。
妄想の打ち消しに躍起になってて、夏海の話をちゃんと聞いていなかった。
俺はそれに気づいたので
「ゴメン、ちょっと話を聞いてなかった。悪い」
素直に頭を下げた。
完全に俺が悪いし。
夏海はそんな俺をじっと見て
こう言ったんだ。
「……この子のDNA鑑定をしましょう」
とても真剣な表情で。
そして悲しそうな表情で。
俺の目を見つめながら。




