第194話 そっちの方が嫌だ
「おめでとうございマス。天麻サン」
サクラにそんなことを言われ
「……おめでとう。アタシの分までしっかり育児してね。アタシは生涯独身を誓ってるから」
榎本さんにもそんな祝福の言葉を貰った。
……俺が気づかない間に、女性3人の意思疎通が取られている。
妙な疎外感を感じた。
まぁ、それはどうでもいいけど。
後日、病院で確認したところ、間違いないという言葉を貰った。
どうもあの妊娠検査薬、不良品だったのか。
それとも、夏海の使い方に問題があったのか。
分からんけど……
俺は悪い風には心配してなかった。
何せ、夏海には神様からのギフトがあるんだ。
妊娠関係で悪いことにはならない。
それは決定事項だから。
「嬉しい……天麻さん、これからはパパだね」
妊娠が間違いないとお医者さんに告げられて。
夏海はそう言ってお腹に手を当てて、涙を浮かべていた。
病院の待合室のプラスチックの椅子に腰掛けて。
俺は1人、自分のスマホを取り出そうとした。
夏海はトイレに行ってる。
女性のトイレは長いから、多分しばらく帰って来ないだろう。
で、スマホをポケットから探り当てて引っ張り出すとき。
(あ、ここって通話して良いのか?)
病院だろ?
まずくない?
そう思い、俺は周囲を見回すけど。
電話通話はご遠慮下さい。
そういう貼り紙は見えなかった。
でも、念のため。
外でするか。
注意書きが見えなかったから電話した!
書いて無くてもそんなの常識だろう野蛮人!
……あとでそんな言い合いが発生したら嫌だし。
そう思い、俺は立ち上がる。
何のための通話か?
それは、父さんに連絡しなきゃ。
そのためだ。
孫が出来たよ、って。
だけど俺はそこで気づいた。
思わず立ち止まる。
――俺の、俺たちの子供ができたことを、父さんは心から喜べるだろうか?
今更そこに気づいてしまった。
馬鹿だ。俺。
こんなんじゃ俺、学者持ちであるかどうか疑わしいだろ。
馬鹿過ぎる。
俺はスマホに視線を向ける。
ここには父さんの番号が電話帳に入ってる。
電話したければ、数回タップしたらいい。
だけど……
今の俺にはそれがとてつもなく難しい作業に思えた。
俺と父さんは血が繋がっていない。
俺は父さんが裏切られた象徴だ。
そんな穢れたガキが嫁と子供を作ったなんて。
果たして聞きたいだろうか……?
俺は想像する。
多分父さんは普通に「おめでとう」とは言ってくれると思う。
だけどその内心は
呪われろ! 嫁親子共々地獄に行けクズが!
そう思っているんじゃないか?
そこまでいかなくても、裏切られた辛さが蘇るだけなんじゃないのか?
そしてそんなことを引き起こしてしまうかもしれないことを、連絡するのは果たして正しいのか?
それは、俺のことを息子として扱ってくれた父さんからの恩を仇で返すことなんじゃ無いのか……?
……黙っておくべきでは?
そうすれば父さんは何も知らず、心穏やかに過ごせるよな。
何もかき乱されない。
だけど。
別の想像が、俺の頭に浮かんだ。
――これからずっと、父さんが死ぬまで秘密にするのか?
それは無理だろ。
これまでも正月には俺は実家に帰ってる。
夏海を連れて、だ。
そこに子供が生まれたら、当然子供を連れて行く。
そのときに絶対にバレる。
そしたら思うはず。
……何で連絡が無かったのか? って。
それこそ、大きな裏切りだ。
恩を仇で返すことだろ。
信用してなかったってことなんだし。
それでもし、俺が呪われるのであれば敢えて背負う。
そのくらいの覚悟、見せるべきだ。
そうだろ……
「連絡しないことで、父さんに失望される方が嫌だよな」
俺はそう独り言を言った。
そしてそのまま外に出て。
俺はスマホを操作して、父さんの番号の通話ボタンを押したんだ。




