第193話 異変
「しかし、すごい部屋よね」
榎本さんがブランデーを一口飲ってからそう一言。
「アリガトウゴザイマス」
サクラは白ワインを飲みながら返す。
「お手伝いさんは雇ってるの?」
夏海がウーロン茶を飲みつつ訊ねると
「家事は全部ワタシがやってますネー。そうしないとワタシ、仕事らしい仕事が無くなりマス」
笑い顔でそんなことを。
彼女曰く、エンマの依頼で月曜日から金曜日まで、夜23時に神託を使ってその結果をエンマの担当者の人に伝える仕事以外、お金の発生する仕事をしてないらしい。
それだけで、月に1000万円近い給料を貰ってるそうな。
……まあ、それだけ重要な仕事だけどな。
ヒトの人生掛かっているわけだし。
「仕事は毎日あるの?」
俺のそんな質問に
「ハイ」
サクラの返答。
……今の迷宮、そんなに治安悪くないだろ。
今もギルガメッシュのサイトは見てるけど、犯罪発生通知はやっぱり少ないぞ?
サクラの言葉を聞いてそう思っていたけど。
続く説明で疑問は氷解した。
「……エンマの依頼する神託の内容ッテ、この封筒の中身に書かれていることは正しいか? なんですヨネ」
……ああ。
そういうことか。
つまりサクラも何を神託で訊ねているか知らないんだな?
封筒の中身に書かれていることが確定事項に対する質問なら、その内容の真偽を訊ねる質問も確定事項。
神託で分かるってわけか。
……多分そうやってるの、神託にサクラの私情が入らないようにするためだろうな。
内容を知ってしまうと、気持ちが揺れて正しい結果を言わないかもしれない。
やり方としては、上手い。
さすがというか。
毎日神託があるのは、多分ダミーの質問を混ぜ込んでるからなんだろう。
毎回が必ず迷宮内の事件の神託なら、それだけでも私情が入る可能性あるしな。
普段はなんてことない質問をしておいて、ときおり事件の神託を混ぜる。
それで私情は一切入らず、正確性が保たれる。
上手いわ。
……ひょっとしたら、そのダミーの神託枠を国の機関だとか、企業向けに販売してるかもしれないな。
お金になりそうだし。
で。
俺は思っていた。
そのエンマの担当者って……
多分あの男なんだろうな。
悪魔使いのあの男。
サクラの護衛用に呼び出されて、24時間彼女をガードしているというあの小悪魔。
あの男が従えていたヤツとよく似てるし。
「……麻婆豆腐、メチャクチャ美味しいですね」
「アリガトウゴザイマス夏海サン」
で。
中華料理だけど。
……本当に美味かった。
自分で稼ぐようになって、夏海とデートに行くときに何回か中華料理の店に入ったけどさ。
大概、麻婆豆腐はマズかった。
しつこい味のが多かったんだ。
なんでなんだろうな?
インスタントの麻婆豆腐の方がマシだろ、ってのがザラなんだよ。
でも、サクラの麻婆豆腐は美味かった。
しつこくなくて、適度に辛くて……
「うん、すごいな。プロでもこの味は出せないと思うよ」
素直に俺も褒めた。
奥さんも褒めたわけだし。
俺の奥さんは、スプーンで麻婆豆腐を口に運びつつ
「……本当に美味しい……ん!」
突然、真っ青になって口を押えた。
で必死で周囲を見回し
「と、トイレ」
そう、青くなった顔で小さく。
サクラは何かを察したのか
「こっちデス!」
……奥さんを連れて行った。
向こうで、奥さんが吐いていた。
うげええ、だの。
おえええ、だの。
そんな声が聞こえた。
……俺は少し固まっていた。
気づいたからだ。
ありゃ、悪阻だって。
確か夏海、こないだ妊娠検査薬で検査したとき。
今月もダメだった。
運が無いよね。
そんなことを残念そうに言ってたのに。
……あれ、間違いだったってことかよ!?




