第186話 帰還
ひょっとしたら元の世界に帰れないかも。
そう思いつつ。
本来なら第2階層のボタン……一番下のボタンを押した。
するとちゃんとエレベーターは起動し。
数分後。
チーン。
……第2階層に到着。
エレベーターの外は。
特に違っているように見えなかった。
いつも通りの、石の迷宮だ。
「それでは榎本さん、佐倉さん」
そして第1階層。
迷宮入り口まで皆で戻って来た。
慣れているはずの湿っぽい迷宮を歩き、ドキドキしながら。
……ここまでは何も変わらない。
他の迷宮探索者も何人か見掛けた。
俺たちは異世界に飛ばされたわけじゃない。
「お疲れ様でした」
「お疲れさまでした」
「オツデシタ」
そう挨拶を交わし合い、俺たちは。
迷宮出入り口を潜った。
……これで俺たちの入り口に戻れる……はず。
俺たちが出たのは。
いつも通り。
街の片隅の、迷宮出入り口。
何も違わない。
人気の無い、誰にも見られないようになってる場所。
契約者が誰もいない、こじんまりとしたビルの間の薄暗い袋小路。
……戻って来た。
入り口がある袋小路から出て、ちょっと離れた位置にアドベンチャラーズがある。
アドベンチャラーズは24時間営業だから
今の時間でもやってるはずなんだ。
……多分今、早朝。
空気の質と明るさで、そうじゃ無いかと思う。
アドベンチャラーズの自動ドアを潜ると、受付のカウンターに中年女性のスタッフがいた。
女性は徹夜なのか、少し目が死んでいた。
俺は
「すみません。荷物の対応をお願いします」
会員証を提示しつつ、少しだけ声を大きくして、そうお願いする。
女性は
「あ、はい。少し待って下さい」
再起動したかのように俺の声に反応し、奥に引っ込んで行った。
……ちらりと店の中の時計を見る。
時計の針は朝の5時を指していた。
……やっぱり早朝なのか。
夏海のお母さん、心配してるよな……
スマホが戻って来たら夏海に連絡させないと。
そんなことを考えていると
「ねぇ」
隣で。
夏海が俺に話し掛けて来た。
俺は
「何……?」
顔を向けると。
彼女は
「……これ、どうしよう……? 売っちゃう?」
俺に差し出して来たんだよ。
鞘付きの長剣を。
2000万円の魔剣……ヴァルハラブレイドを。
そういやこれを忘れてた。
元々は死人の持ち物だからと、全部終わったらどこかに捨てようと思ったけど。
榎本さんが願いを使ってくれたおかげで、あの2人組は助かってるはずなので。
……これはもう、死人から奪い取ったものじゃなくなった。
そうなってくると、話は変わって来る。
俺はちょっと考えて
「……どうせ本来の持ち主に返すことはできないわけだし。貰っとこう。迷惑料だ」
殺されそうになったんだし。
あの2人からの謝罪と賠償代わりに貰っても別にいいでしょ。
俺がそう彼女の耳元で囁くように言うと。
夏海はそれが面白かったのか、フフッと明るく微笑んだ。
その笑顔を見て俺は
……俺たちに降り掛かった危機は去ったんだな。
それを実感したんだ。




