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第17話 告白

 朝の雑踏を抜け、アドベンチャラーズの前に立つ。

 いつもならテンションを高めて、迷宮での戦いに備える時間だ。


 だが、今日は違う。

 胸の奥で、ドス黒い憎悪と罪悪感がぐちゃぐちゃに絡み合ってる。


 牝豚が俺の財布から紙幣を全部抜いた。


 その中には、霧生と一緒に宝箱から得た5000円も含まれてる。

 俺が預かってた金だ。


 どうやって謝る?


 色々考えたけど、どの言葉も自己保身や責任転嫁のように感じる。

 そんなの、絶対に誠実じゃ無い。


「……くそっ」


 何度考えても答えが出ないから。

 額を押さえ、深呼吸する。


 ……考えるのはもうやめだ。


 とにかく、霧生に会わなきゃ。

 会って、謝るんだ。


 そんな気持ちのまま店の看板の下で待ってる。

 すると


「吉常君、おはよー!」


 霧生が、ジーンズとTシャツ、リュックといういつもの格好で走って来た。

 ハイテンション。


 その笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられた。

 こんなに喜んでいるのに、俺はなんて言えばいいんだろう……?


「お、おはよー」


 昼だけど、迷宮探索者業界ではパーティー活動を始めるときの挨拶は「おはよう」なんだよな。

 時間関係無いんだ。

 理由は知らんけど、同じことをしてる業界は多いらしい。


 俺と合流した霧生は上機嫌だ。

 そんな彼女に……言うのか。


 いや……覚悟を決めろ……!


「……悪い、ちょっと話がある」


 俺は意を決して切り出す。


 霧生は怪訝な顔をした。


「……ん? どうかしたの?」


 彼女は首を傾げる。

 深呼吸。


 ここで逃げたら、俺はあの牝豚と同じクズになる。


「霧生……金を、失くした」


 言葉を絞り出す。


「あの5000円、宝箱のナイフの金。あれ、俺のミスでなくなった。すぐ崩せばよかったのに、ケチって放置して、こんな結果になった。ほんと、ゴメン」


 頭を下げる。

 顔が熱くなる。


 恥ずかしさと情けなさで、消えてしまいたい。


「勿論弁償する。普通のバイトの報酬で返す。念書も書くし。なんでもするから……とにかく、すまなかった」


 霧生は黙っていた。

 嫌な沈黙が空気を支配する。


 やっぱり、終わりか。

 楽しくて、充実してたパーティーが全部──


 だけど


「……何があったの?」


 霧生の静かな声が、沈黙を破ったんだ。

 顔を上げると、霧生がじっと俺を見てる。


 眼鏡の奥の瞳は、いつものキラキラじゃなく、真剣で、まるで嘘を許さないような光を帯びていた。


「……何?」


 俺は戸惑う。


「吉常君、理由を教えて」


 霧生が一歩近づき、正面から俺を見つめる。

 その目に、逃げ場がなくなる。


 ……こんな目で見られたら……嘘を言うのは許されない。

 

「……分かった。言う」


 俺は観念し、目を伏せながら話し始めた。


「俺の母親が……財布から金を抜いた。紙幣を全部だ。宝箱の5000円も含めて」


 こんなことを言って、同情して欲しい、とは思われたくない。


「俺の両親は離婚してて、俺は母親に引き取られた」


 引き取られたってのは正しくない。

 育てる義務が道義上無いから自然にそうなったが正しい。


 ……それだけならな。


「俺の親、ロクに仕事もしていないから、自分の小遣いで足りない分を俺への養育費を使い込んで埋め合わせてやがるんだ。その調子で今回は俺の金にまで手を出した。それくらい予想しておけば良かったのに、油断した……」


 ……声が震える。

 恥ずかしさと憎悪が混じり、喉が詰まる。


「俺が迷宮に潜るのは、アイツから逃げるためだ。そして自立してから父さんに詫びるためだ。血も繋がって無いのに、養育費を払ってくれてる父さんに」


 俺が托卵の子であることは言うべきか迷った。

 でも、この件について隠し事をすることに、激しい迷いがあったんだ。


 だから言ってしまった。

 言ってしまってから。


 ……言うべきなんだろうか?

 そう思ったから


「……ゴメン。ちょっと余計なことまで言ってしまった。忘れてくれ。ほんと、すまない……」


 言葉を吐き出すと、力が抜ける。


 霧生がどう思う?

 軽蔑?

 哀れみ?


 どっちにしろ、もう……駄目かもな。


「……そっか」


 霧生の小さな声が、静かに響く。

 顔を上げると、霧生が真面目な顔をしていた。


 いつものニコニコ顔じゃ無かった。


 そして


「分かった。それはもういいよ、吉常君」


 霧生が、リュックを背負い直しながら言う。


「2500円、もういいから。気にしないで」


 哀れみ……

 もう関わりたくない。


 だからこその「金は要らない」だろうな。


 それは無理ない。

 信頼性に不安がある人間と、迷宮には潜れんさ。


 そう、俺はコンビ消滅を覚悟した。

 無理に繋ぎとめようとは思わなかった。


 だけど


 霧生が明るい声で


「それよりさ、私、そろそろ2階の番人・メタルタイガーに挑戦したいんだけど、その話をしようよ!」


「……メタルタイガー?」


 俺は顔を上げた。

 急な話題の切り替えに、頭が追いつかない。


「うん! 作戦立てないと勝てないでしょ?」


 霧生の目が、またキラキラと輝いていた。


 俺は呆気に取られていた。


 霧生は何で俺を切らないんだ?

 ホント、わけが分からなかった。


 俺が黙っていると


「吉常君、訊いてる?」


 少し強めにそんなことを

 俺は


「あ、ゴメン。番人の部屋は最大6人まで同時に入れて……」


 霧生の要望通り、メタルタイガー戦に挑む際に知っておくべき基本情報を話し始めた。


 霧生はリュックから手帳を取り出して、俺の言葉をメモしていく。


 ……霧生は俺を切らなかった。

 そう考えて良いんだろうか……?


 何でなのか良く分からなかったけど……


 俺の胸の中に、何だか経験したことが無いものが芽生えた気がした。

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― 新着の感想 ―
まぁ、コミュ力Maxな夏海ならそう答えるだろうね? 主人公との価値観の違いなんだよな。 本来なら解り合えない関係性だけど、御都合主義が全てを解決してくれる。 便利だよな…。
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