第167話 この状況を打開する最後の希望
いびきを掻いているヘイロン。
矢で狙い撃たれて絶命し、墜落したバイロン。
倒れたヘイロンを見つめながら。
俺は震えていた。
俺は……人を殺した。
厳密には脳を破壊しただけで、まだ殺してはいない。
ここからリザレクションを掛けたら復活する可能性はある。
それはそうかもしれないが
事実上それは誰もしないのだから、このままだ。
この男はこのまま普通に、死んでいくだけ。
誰にも手当も救助もされず、死んでいく。
殺人行為の重さに震える。
このヘイロンという男は
サクラを連れ戻しにやって来た。
そしてサクラはそれを嫌がっていた。
仲間が嫌がる以上、拒否するしかない。
そして彼らは子供の使いでは無いのだから、その場合は邪魔者を殺す選択肢を取らざるを得ない。
頭の中では「避けられなかった」と結論はつけている。
でも……
心がついていかないんだ。
よくも俺を殺したな!
そう、ヘイロンに罵られる夢を見る予感があった。
……いや、そんな幻聴が聞こえた気がした。
仕事で来た俺たちの邪魔をして、よくも殺してくれたな。
永遠に呪い続けてやる!
そんな幻聴が。
俺は……!
考えが、心が纏まらず。
ただ、立ち尽くしている俺に
そっと背後から
夏海が抱き着いて来た。
そして、言ってくれた。
「……ご苦労様です」
後ろから彼女からの感謝と、愛情を感じる。
俺はそんな彼女の言葉に救われた気がした。
俺が自分の手を汚したのは、彼女を守るため。
……自分の世界を形作るのに、一番大切な人間を守るためにしたことなんだ。
だったらもう……
飲み込もう。
そう、思うことが出来る気がした。
「吉常サン、スミマセンでしタ」
能面のような表情を崩さず、サクラが俺たちにそう言った。
彼女はバイロンを矢で射殺した。
おそらく
バイロンが夏海との戦いの中、ヘイロンの敗北に動揺した隙を狙ったんだろう。
彼女もこれが初めてなんだろうか?
手が少しだけ震えている気がしたよ。
「ワタシ、どうしても帰りタクなかっタです」
帰れば、自分はきっと俺たちを苦しめることについての手助けをすることになる。
ぼそぼそとした感じで、彼女は呟くように俺たちにそう伝えて来る。
彼女の祖国は日本と利害関係が対立してるところ多いしな。
彼女はそういう理由で「帰りたくない」って言ったのか。
俺はその言葉に
「……そこまで俺たちのことを考えてくれてありがとう」
礼を言ったよ。
そんなの「恩なんて無いさ! 契約解除だ!」って言えば済むはずなのに。
それを良しとしなかったんだ。彼女は。
でも……
「……これからどうしよう?」
夏海の言葉。
そうだな……それだよ……
どうすればいいんだ……?
俺たち4人は黙った。
互いの顔を見ながら、どうすればいいのかを思案した。
でも……
「真相が明らかになるのは時間の問題よ」
苦虫を噛み潰した表情で、榎本さん。
そんなことは分かってます。
もはや隠蔽なんて絶対に不可能だし、仮に隠蔽が成功してもサクラの祖国はまた刺客を送って来る。
それをずっと、他の誰にもバレないで撃退し続けるなんて無理に決まってる……!
昨日までは普通にしてたのに。
俺の世界が……崩壊していく……
悔しかった。
神様というものがいるのなら、この仕打ちを呪ったよ。
どうして……?
そのときだ。
「……あの」
夏海が手を上げた。
夏海……?
俺たちの視線が、彼女に集まる。
彼女は
「サクラさん、神託を使ってみて欲しいんだけど」
そう、強い視線を向けていた。
これ以外無い、という強い意志が乗った視線だ。
「神託ヲ……?」
「うん。神託」
見つめ合うサクラと夏海。
サクラの返事に、夏海は頷く。
神託……
サクラがこんな仕打ちを受ける理由になった上級職・司祭の固有能力。
その効果は「確定事項の真偽を判別する」こと。
一体、夏海は何について知ろうと言うんだ……?
「一体何を知ろうと言うのデスカ?」
サクラの問い。
それへの返答は……?
俺たちが見守る中。
彼女は言ったよ。
「……迷宮最下層の第10階層に到達した場合、私たちが今巻き込まれているこの問題を解決できる可能性があるのかどうか」
とても真剣な目で。