第166話 覚悟を決めるとき
「我々はお前たち日本人と違って、厳しい環境を生き抜いている!」
ヴァルハラブレイドを構えつつ、ヘイロンは自分語りを始めた。
多分、俺を精神的にも圧倒し、この斬り合いを優位に進めるためか。
大声でがなり立てながら激しく打ち込んでくる。
「オリンピックでもそうだろう!? 数が多い方が競争が激しくなり、上澄みの実力が上がるんだ!」
……それはそうだな。
ヘイロンの剣戟を受け止めながら、俺は内心同意した。
やっぱ競技人口が多い方が、上澄みのレベルは上がる。
それはそうだ。
間違いじゃない。
その分、切磋琢磨する機会が増えるわけだからな。
まぁ、それは
……あくまで傾向の話だけどな。
「先進国を気取り、ぬるま湯で甘っちょろい日常を過ごして来たお前たちなどに我々は負けない!」
そして続く言葉。
俺は少しカチンと来た。
俺の人生の何が分かるんだ?
不幸自慢は嫌いだが、勝手に俺の人生の凹凸のレベルを断じられるのは気に入らない。
もしかするとそういう反応を狙っているのかもしれないが
俺は
「……ぬかせ。自分可哀想ムーブは見苦しいぜ?」
ヘイロンに軽く返す。
続けて
「お前ごときに、托卵で生まれた人間の苦しみが分かってたまるか」
敢えてそう返した。
俺の言葉に
「……なんだとぉ?」
ヘイロンのこめかみが動くのに俺は気づいた。
「お前の父親は犬か!?」
そう俺を罵りつつ、ヘイロンは斬りかかる。
多分、こいつは本気だ。
本気で、俺に対して怒っている。
……自分の固く信じている正当性を否定されたら怒るだろ、そりゃ。
なのでそれを狙って言ったんだ。
「堕落の極みッ! 獣性の発露だなッ! お前は獣の子だッ!」
剣戟は激しい。
ほとんど嵐だ。
俺はそれを捌きつつ
じっと考えた。
……俺が殺されたら、夏海も同じ運命を辿るだろうな。
俺は自惚れかもしれないが、俺の死体に縋って、ヘイロンとバイロンに無惨に命を奪われる彼女を想像した。
それは絶対にダメだ。
避けなければいけないことだ。
……だったら
この男ヘイロンは、自然治癒する部位への攻撃はダメージにならない。
なので、大ダメージを与えて撤退させるというのは不可能だ。
ダメージになるのは目だとか、脳、脊髄のような
一撃が普通に回復不能のダメージになる部位。
そしてこいつにはそんな負傷をも治す魔法「リザレクション」がある……
覚悟を……決めなきゃ。
俺にとって、仲間の命は何より大事で。
夏海の命はそれ以上に大事だ。
人殺しはいけないとか、命は重いとか……
話し合おうとか……
そんなものが吹っ飛ぶ。
今やらないと、自分の大事なものが失われることを考えたら
「お前の感じた苦労なんて大したことないなッ!」
ヘイロンの剣を受け止めつつ、俺はそう返す。
「お前のチンケな苦労など、日本ではゴミクズだっ! 違うというなら反論してみろッ!」
俺の挑発に、ヘイロンの顔色が明らかに変わった。
鬼のような形相に変わり
「ゴウションドゥハイズ!」
明らかに大振りの一撃で斬りかかって来た。
多分こいつは俺に殺人は出来ないと思ってる。
俺はこれまで急所に攻撃はしてないからな。
コイツの大上段の斬撃は俺の正中線を狙ってて
俺はそれをギリギリの動きで回避し
そのときの俺の刀の構えは下段。
回避の動きと同時に斬り上げた。
その斬撃の軌道の途中に、ヘイロンの頭があった。
ガクリ、とヘイロンは膝を折る。
そして倒れ伏せ
ゴーゴーと、いびきをかきはじめた。
外傷は全く無い。
コイツ自身の固有能力と、魔剣の力で外傷は瞬時に治ったんだ。
だけど……
脳へのダメージは対象外だから
……おそらくコイツの脳は、頭蓋骨の中で分断されて、とんでもないことになってる。
「ヘイロンーッ!」
そのとき。
上空で、バイロンの叫び声が聞こえた。
その叫び声は
「ニージンガンバーヘイロンゲイシャラ!」
そう、激昂した調子の俺の知らない言葉に続き。
最後の「ラ」を口にしたとき。
バイロンは墜落した。
そのまま地面に激突する。
そこで分かった。
……彼の後頭部に矢が1本生えていた。
見ると……
榎本さんの傍でサクラが
能面のような表情をして、弓を構えて立っていたんだ。