第165話 甘かった
バイロンが飛行しつつ夏海にスナイパーライフルを向けて来る。
夏海はそんなバイロンに左拳を向けて強く握った。
その動作で、夏海の左手中指に嵌めた指輪の力が作動する。
夏海の拳の前に、直径2メートル近い半透明で輝くビームシールドの出現。
これが迷宮アイテム「盾の指輪」の効果。
このビームシールドを貫くことは出来ない。
迷宮産の盾と同じく、壊れない特性を持っているからだ。
それが分かっているらしく、バイロンは露骨に苛立った表情になる。
「シャオツォンミンダハイズ!」
言葉の意味は分からないが、良い意味では無いだろな。
クソ女とか、クソガキとか。
そういう意味だろ、多分。
狙撃を諦めたのか。
バイロンはスナイパーライフルを消して、黒い筒みたいなものを創り出した。
……あれは……
俺は即座に叫んだ。
「夏海! 催涙弾かも!?」
何だかニュースや映画で見た形状に思えたんだ。
警官隊が暴徒に向けて投げるやつ。
俺の言葉に夏海は
「フライト!」
対抗手段として、自分自身も飛行状態に移行する。
どうも、俺の言葉は正しかったようだ。
バイロンは俺に向かって射殺す視線を向けて
「ヂューコウ!」
ピンを抜き、俺にその手の催涙弾を投げつけて来た。
ヘイロンは痛覚遮断があるから、催涙弾が効かないのかもしれない。
マズイ……!
俺の固有能力は自分に向けられる感情を察知するものだ。
こういう攻撃に耐える能力じゃない。
学者の能力の精神力強化で耐えられなかったら、その時点で終わりだ。
絶対に貰うわけには……
俺の神経は催涙弾に集中した。
そこに
「ショウスーバ!」
……それが有利に働いた。
ヘイロンが撃って出て来たんだ。
俺の意識が催涙弾に集中し、絶好の攻撃チャンスが巡って来たと。
なので俺は
ヘイロンの右手首をニヒムで薙ぎ払った。
ヴァルハラブレイドを握った右手首を。
この攻撃を見落とすほどは俺の意識は奪われていない。
俺には並列思考があるからね。
……
……
……え?
気が付いたら
俺の左手が肘の部分で無くなっていた。
それを理解するのに意識が少し停止する。
これは……
ああ……
ヘイロンの右手首が繋がっている。
確かにニヒムで斬ったのに。
それはつまり……
切断と同時に繋がったのか。
甘かった。
固有能力と魔剣の効果の合わせ技。
そこから生まれる治癒速度。
全然理解してなかった。
まさかここまでだなんて……
襲ってくる激痛。
そして出血。
右手は残ってる。
だけど傷口を押さえたら詰みだ。
武器が握れなくなる。
かといって放置すれば……
そのときだ
「チュエンワンフーフオ!」
サクラのリザレクションがギリギリで間に合った。
俺の身体が小さく輝いて、左手の欠損がみるみる治っていく。
出血は止まり、新しい左手が生えてきた。
だけど……
俺は、長剣を握ったまま転がっている俺の古い左腕を一瞥する。
二刀流の剣のうち、一刀を失ってしまった。
俺はニヒムを正眼に構えつつ考える。
……この一刀で、こいつとやれるのか……?