第16話 金を盗られた!
次回から深夜1時に更新します。
朝、目が覚めると、いつもと同じ薄暗い部屋。
カーテンの隙間から差し込む光が、埃っぽい床を照らしてる。
布団から這い出し、いつもの習慣でポーチを手に取る。
そして財布を確認しようとした瞬間──
「……ん?」
妙にポーチが軽い。
嫌な予感が胸を締め付け、急いで中を確かめる。
財布がない。
「マジか……落とした!?」
焦りが一気に押し寄せる。
だけど、瞬時に思い出した。
昨日、迷宮から帰って来て。
夕飯の買い出しにスーパーで買い物に出るとき、財布をポーチから出して買い物袋に突っ込んだんだ。
ポーチをつけてウロウロするのが何か嫌だったんだよな。
普段しないのに。
それがそのままだった。
「全く……買い物袋だろ」
普段しないことはするべきじゃない。
だから忘れてこんなことになるんだ。
やれやれだな。
キッチンに行き、冷蔵庫の横に放置されたエコバック……買い物袋を引っ掴む。
その中を探り、中から安物のマジックテープ式の財布を取り出す。
「あった……!」
……さっきは余裕をかましていたが、実は少しだけ「本当に紛失した」ことを恐れていた。
でもそれは勘違いで。
ホッと息をつき、俺は財布を開き
──瞬間、頭が真っ白になった。
紙幣が、全部なくなってる。
あの5000円の臨時収入。
それに、これまでの探索バイトで得ていた4万。
合計4万5000円。
それが全部、消えてる。
「……は?」
一瞬、泥棒が入ったのかと思った。
だけど、このボロアパートなんか泥棒も狙わないだろ。
……いや、待て。
もっと現実的な可能性が──
視線を彷徨わせると、テーブルの上に白いメモがあった。
嫌な予感が全身を駆け巡り、震える手でメモを掴む。
そこには
『教育上、高校生があまり高額紙幣を持つべきではありませんから、預かっておきます。帰って来たら話をしましょう。 母』
──牝豚。
あの女が、俺の財布から金を抜いたんだ。
頭の中で、ドス黒い憎悪が沸騰する。
教育上だと? ふざけんな。化粧品か、デート代か、どっかの男に貢ぐか。どうせそんなとこだろ。
いつもみたいに、父さんの養育費を食い潰すだけじゃ足りないから、俺の金にまで手を出したんだ……!
「もう、あいつ殺そうか……?」
怒りにままにメモを握り潰し、呟く。
頭に浮かぶのは、牝豚の不機嫌な顔と、男に向ける気持ち悪い牝のツラ。
何であんな奴が生きてるんだ? 死ねよ。
殺してやりたい……!
ああ、迷宮に引きずり込む上手い方法無いかなぁ?
迷宮に入れさえすれば、殺すのは簡単だし。
事実上捜査できないから警察には捕まらない。
……あとは、疑われて迷宮探索者での私刑対象になりさえしなければ良いだけだ。
いや、私刑にしたって事情を話せば許して貰えるかも……?
あいつをゴブリンの群れに放り込み、八つ裂きにしてやってもいいし。
ダンジョンウルフに襲わせて、生きたまま餌食にしてやってもいいんだ。
いや、俺の手で直接──剣で切り刻んで、血まみれの石畳に叩きつけてやりたいな。
父さんに詫びて、生まれたことを謝るまで指を一本ずつ切り取ってやって……!
息が荒くなる。
殺してやりたい。あの女を、この手で。
だけど
霧生を思い出す。
……今はそうじゃないだろ。
俺は、彼女の分の分け前を自分の不注意で奪われたんだ。
「……くそっ」
額に手を当て、深呼吸する。
落ち着け。
今は牝豚を呪ってる場合じゃ無いんだ。
お前は大きなミスをして、彼女に迷惑を掛けてしまったんだから。
俺は霧生のお金を預かっていた。
あの5000円の分け前。半額の2500円。
それを、俺のせいで失くしたんだ。
俺はその責任を取らなければならない。
どうやって謝ろう? 親が金抜いた、って正直に言うか?
……駄目だ。
自分の親がカスだなんて、恥ずかしくて言えるか!
だったらカスから生まれたお前も当然カスなんだなと思われるだけ!
このことを知ったら霧生はどう思うだろう……?
ひょっとしたら「吉常くん可哀想」って思うかもしれないけど
同時に絶対こう思うよな。
こいつも本性は他人の財布から金を抜く奴なんだろうな、って。
それが一般常識だ。
夢は見れない。
でも、金のトラブルは人間関係を壊す。
前にバイトのパーティーで、ベテランの探索者の人が言ってた。
「吉常くん、よく覚えておきなさい。金が絡むと、どんな仲間でも一瞬で終わっちゃうから」って。
迷宮探索者をして長くやっていくつもりなら、お金関係で恨みや不満を買うような不正は絶対にしてはいけない。
外では嫌われるだけで済むけれど、ここでは命に関わるから、って。
本気でどうしても迷宮探索者になりたいんだ、って言ったとき。
唯一本気でアドバイスしてくれた人が……女の人だったけど、そう言ってくれたんだ。
あの人ならこう言うだろう……
とにかく謝れと。
それで関係修復はできなくても。
恨みを買うことだけは避けられる。
それが誠意であり、自分の安全保障だ、って。
「そうするしかないのか……」
俺は頭を抱え、床に座り込む。
そう、謝るしかない。
でも、なんて言えばいい?
ごめん、俺の親が金抜いた?
……みっともないのもあるけど、親に責任転嫁してるみたいだよな。
財布を忘れて来た、で誤魔化す?
あとからあの牝豚を捕まえて、ボコボコにぶっ叩いてでも取り戻すつもりで。
……それは嘘だろ。誠意から一番遠い振る舞いだ。
「……くそ、くそ、くそ!」
柱に拳を打ち付けて、立ち上がる。
考えるのは後にしろ。
まず、霧生に会わなきゃ。
約束の昼1時にアドベンチャラーズで待ち合わせ。
そこから逃げるのは論外なんだよ……!