第155話 あと1つ叶えたいことがある
あの男に勝ってしまったので。
俺は自由になった。
つまらない拘りだ、って言う奴もいるかもしれないけどさ。
俺にとっては頭の片隅にずっと引っ掛かる、呪いみたいなもんだったから。
スッキリした。
もうアイツは俺のことを「人生の汚点」とは言えないんだ。
それがどうしようもなく、スッキリしたんだ。
まぁ、それはそれとして。
第8階層で稼げるようになって。
毎月1000万円を超える収入が普通に入るようになってしまった。
……老後の資金って3000万円貯金で足りるんだっけ?
じゃあ、それ以上は貯めなくていいのかな……?
そう思ったから、俺は父さんとお婆さんに世界一周旅行でもプレゼントしようかと思ったんだけど。
父さんに「贈与税が面倒くさいから要らない。そんなものより、ネクタイピンをたくさん貰えた方が嬉しい。よく紛失するんだよ」と言われてしまった……
なので
6万円のネクタイピンを10個、買って来てプレゼントした。
父さんは「立派なネクタイピンをくれてありがとう」と言って喜んでくれたよ。
……俺の夢の1つ。
たくさん稼いで、父さんに貰ったものを返す。
それを完全では無いけど、一応叶えた。
ちなみに
父さんに世界一周旅行の話を持って行ったとき。
「そんなお金があるなら、そのお金で大学に行ったらどうだ?」
……そんなことを言われてしまった。
「どうしたの? 何か元気ないね?」
学校での昼休み。
夏海と一緒に学食で昼食を一緒にした後。
食器を洗い場に片して、自動販売機の傍で牛乳を飲んでいたら。
隣で同じ銘柄の紙パック牛乳を飲んでる夏海に、そんなことを言われた。
俺は別に隠すことでも無いので
「……こないだ父さんに、親にプレゼントする金があるなら大学行ったらどうなんだって言われた……」
そう、正直に話す。
夏海は
「まあ、それは言われるかもしれないよね……」
思案顔でそう返してくれた。
夏海は「父さん」という単語で「どっちの?」なんて訊き返して来ない。
知ってるからだ。
俺が四戸天将のことを父さんなんて呼ばないことを。
夏海もアイツについては「あの人」って言い方をする。
彼女のその認識が俺はたまらなく嬉しくて。
好きだ。
「ぶっちゃけ、今の天麻くんなら今からでも東大狙えるかもしれないよ?」
冗談っぽい言い方だけど。
夏海の目はマジだった。
俺の学者の能力に絶対の信頼を持ってくれてるんだな。
そんな彼女の言葉に俺は
「……下駄履いて底上げしたのは間違いないから、仮に今から必死で勉強したとしても、それで合格したら何かズルをしたような気になるんだよな……」
俺の思う、正直な気持ちを口にした。
……学者を取るってことは、こういう分野で負い目を負うこととセットか……
学者を取ろうと思ったときはそこまで考えていなかった。
まぁ今更、どうしようもないけどな。
クラス能力は1度手にしたら一生そのままだし。
「なんか天麻くんらしい答えだよね」
俺のそんな返答に、夏海は笑う。
その笑顔が華のように俺は感じた。
夏海……
俺たちにはもうひとつ、叶えたい夢があるよな。
彼女の笑顔を見ながら、思う。
……どうやって、最下層に行こうか?
これだ。
これは間違いなく、ものすごーく難しい問題だよな……
だって、俺たち2人だけでは絶対に無理だもの。