第153話 エンマの掟
「四戸くん、いい加減にするんだ」
そこで。
中島氏が冷たい声でそう告げる。
見ると彼の表情から笑みが消えていて
「……さっさと負けを認めて、降りて来るんだ。そうしなければ……」
彼の肩にとまっていた小悪魔が蝙蝠の翼を広げて飛び立ち
四戸天将の傍に行き
「……コロス」
しわがれた声で主人の言葉を続けた。
上級職・悪魔使いの固有能力。
悪魔召喚。
自分同様、魔術師の魔法を使用できる召喚獣・悪魔を召喚し、操れるんだ。
悪魔は召喚獣なので、死んでも再召喚ができる。
つまり実質、自分に忠実で鉄砲玉にすらなってくれて
その上自分と同等の魔法を持った存在を呼び出す固有能力。
多分、中島氏は四戸天将がこれ以上暴れるなら、小悪魔と自分のツープラトンの攻撃魔法でお前を確実に殺すと言ってるんだ。
これには……
「分かった」
四戸天将は青褪めて地上に降りて来て。
中島氏の持っていた全快薬を振りかけられる。
同時に生えて来る四戸天将のつま先と右手首。
怪我が癒えたのに、四戸天将は無言だった。
そんなソイツから視線を外し
「いやあ、残念です」
再びニコニコ笑いを復活させ。
俺に言葉を掛けて来る中島氏。
「勇者の名に恥じない強さ。その固有能力が気になりますね」
……勇者の固有能力について、やっぱりエンマも知らなかったみたいだ。
国に言わなくて良かったと、俺は内心思った。
俺は立ち上がり、剣を鞘に納めて
「……俺の勝ちでいいよな?」
「ええ。だから残念です、と」
俺の言葉に、心底残念そうに返す中島氏。
この人、やっぱりエンマでなければ良い人なんだろう。
今は俺はそう思ってる。
この人から、俺に向けての悪意を感じないし。
「彼に関しては安心してください。お礼参りはさせませんので」
そしてその後。
一番の懸念事項について言ってくれた。
四戸天将からの報復は心配するな、という。
曰く、エンマには鉄の掟があるらしい。
それは……
「決して自らのための罪を犯すな」
エンマの私刑はやむを得ないもの。
そのための最低限の歯止め。
エンマの活動以外では、些細なことでも決して罪を犯してはならない。
無論、そんなものは完璧に守ることなどできやしない。
でも、そういう心構えで生きる。
それを自らに課しているそうだ。
なので……
「勝負がついたのに、腹いせで相手を殺害する目的で魔法を放つのは許されませんね。今後は彼からキミへの復讐の兆候が見えた瞬間、他の8人のメンバーが彼の命を奪います」
ようはさっきのフォースブラストが完全なNG行為で、四戸天将はエンマの正式メンバーの資格を失ったってことか。
……別段可哀想だと思わなかった。
自業自得だろ。
正式メンバー資格剝奪の言葉を受けて。
四戸天将は青褪めて震えていた。
悔しさ、後悔……
絶望……
まあ、辛そうだった。
ざまあみろとは思わない。無論同情もしないけど。
それに俺としては元々、コイツの命を奪いたいとは思ってないしな。
コイツに勝った時点でもう目的は果たしてる。
だから渡りに船だったよ。
唯一の懸念事項……
俺が勝った後、コイツからの御礼参りをどう避けるか?
これを考えなくて良くなったんだし。
「じゃあ」
俺は中島氏に軽く頭を下げる。
「あと、よろしくお願いします」
「ええ。今度も充実した迷宮探索者ライフを」
中島氏の言葉。
悪意は全く感じない。
安心してもいいだろう。
なので
「夏海、帰ろう」
「うん。お疲れ様」
夏海に声を掛け。
俺たちはエレベーターの扉に向かった。