第15話 ボーナス5000円
迷宮の入り口から外に出ると、新鮮な空気が肺に入って来た。
気分的に迷宮の空気は淀んでる気がするしな。
この空気を吸うと、安全圏に戻って来た気がする。
夕暮れの雑踏が、さっきまでの迷宮の静けさと対照的だ。
リュックに詰めたポーション3つとナイフが、気分的に肩にずっしりくる。
実際の重量じゃ無い。宝物としての重み。
2階層で宝箱なんて、今日は本当にツイていた。
「ね、吉常君! 宝箱のナイフ、売ったらどれくらいになるかな? 楽しみだね!」
霧生が、リュックを背負いながら、スキップするみたいに歩いてる。
黒いTシャツが汗で少し張り付いてて、迷宮での戦闘の名残を感じさせる。
「まぁ、気持ちは分かるよ。バイトの給料とはまた違うんだよな」
言わば降ってわいたボーナスポイントだしな。
だいぶ前に、3階層で宝物の一部を「お駄賃」みたいな感じで貰ったことあったけど。
売却価格1000円でもすごく嬉しかった。
「まあ刃物だからさ。需要はあるから割と高く売れるとは思う」
刃物は戦うためだけの道具じゃ無いし。
普段にも使われるもので。
それで決して消耗しないとなれば、需要はあるんだよ。
戦闘には使いづらくてもさ。
「吉常君の剣の購入金額が15万円くらいだから……1万円くらいかな?」
霧生が俺の剣の購入金額から売却金額を予想。
割といい線いってる気がする。
「まあ、売却に出してからのお楽しみだから」
俺は顎で指し、政府直営店に向かう。
霧生が「そうだね!」と元気よくついてくる。
アドベンチャラーズのカウンターは、いつもの無愛想な職員が陣取ってる。
俺はリュックからナイフを取り出し、ポーションの鑑定を依頼する。
ポーションは効果次第。そしてナイフはさっさと金に変えたい。
職員がナイフを手に、タブレットで検索をかけてる。
そして
「このサイズのナイフなら……特別な強化効果も無いようですし。品質4級で……買取価格は5000円ですね」
「5000円か」
霧生の予想の半額だ。
霧生は少し残念そうだった。
そして職員が5000円札を1枚、カウンターに出して来た。
俺はそれを受け取り
「……崩してもらいたかったけどな」
カウンター脇の張り紙──「両替はお断りしております」──を見て呟いた。
「え、ここってお金崩せないの?」
霧生が不思議そうに訊いてくる。
「ここじゃ無理だ。明日、ゲーセンでこっそり崩してくる。良くは無いけど」
自動両替機だから、こっそりやればバレないし。
俺は肩をすくめる。霧生が「まぁ、しょうがないよね」と一言。
だけど
「……ん~、なんならそれ全部吉常君が懐に入れても良いよ?」
分けても2500円なんだし。
手間でしょ?
ゲーセンで両替も、店員さんに見つかると面倒じゃん。
……一時は同意したけど、霧生がそんな提案をしてきた。
その申し出は……
何か嫌だ。
霧生から金を奪ってるみたいじゃないか。
だから
「見つかったらコンビニでガムでも買って無理矢理崩すよ」
……あくまで俺は、山分けに拘った。
俺の意志が固いことが伝わったのか、霧生は
「うん……じゃあ、吉常君にお願いするよ」
俺に5000円の両替を任せることに同意してくれた。
鑑定が済んだポーションと一緒に装備を預けて。
店に預けたスマホと財布を受け取り、店を出る。
霧生とは駅で別れ、俺は1人、家に帰った。
何の安らぎも無いアパートに。
家に帰ると、いつもの通りリビングは静まり返っていた。
テーブルの上には何もなく、母親──あの牝豚の気配もない。
「またどっか行ってるな。どうでもいいけど」
事故にでも遭えばいいのに。クズが。
俺は呟き、リュックを下ろす。
そして近所のスーパーに行き、安かった水菜と鶏肉、あとコンソメスープ。
人参がバラ売りで激安だったのでそれも。
最後にレジでフランスパンを買って、なるべく安く食材を調達。
家に戻り、キッチンでスープを作る。
コンソメスープがあれば大概のものは煮て食える。
弱火で煮込んでいる間、俺は英単語の単語帳を開いて、単語の暗記に精を出す。
大学行く気は無いけど、高校は出ておきたいからね。
勉強全捨ては出来ん。
規定時間煮込んだ後、深皿にスープを盛って。
テーブルでフランスパンをかじりながら、スープで食事をした。
今日のボーナス、5000円。
明日の朝11時からゲーセンが開くはずだから、それに間に合うように家を出ないとな。
霧生との約束は昼の1時からだっけ……
「……そろそろ、番人に挑戦することについて考える時期かも」
そう呟いた。
2階の番人「メタルタイガー」
金属鎧を身に着けた虎だ。
腹部と手足は鎧が無いので、刃物ではそこを狙っていくことになるんだけど……
スリープミストが効きづらいんだよね……
俺のときは、魔術師と僧侶の人2人に、戦士が俺を含めて2人。
計4人パーティーで挑んだ。
そのとき、スリープミストが効きづらくて、魔術師の人が焦ってたな。
コイツ、寝ないって。
結局、俺の他の戦士の人が大金槌を武器に使ってたんで、その破壊力で押し切って倒したんだよな。
……今更武器の変更はできんし……
まぁ、霧生には番人の部屋の入口付近に陣取って貰って。
ヤバくなったら逃げて貰う方向で行けば問題は無いよな。
そう思って俺は、食事を終え。
小さく笑い、皿を洗う。
……さて。風呂入って勉強の続きをするか。
そして寝ようとベッドに倒れ込んだとき。
自分の財布を買い物袋の中に入れっ放しなことに気づいた。
……でもまあ、明日でいいか。
面倒くさいし。
そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。