第143話 決断
クソ女を追い返して。
俺たちは無言だった。
夏海は気分良くなかっただろう。
あのゴミ女に彼女は舐められたんだ。
ちょっと誘惑したら、彼女から恋人を奪えるって。
こいつになら勝てるって。
……気分良いわけないだろ。
俺だって、目の前で他の男に夏海を口説かれたら。
そいつを殴り倒したい衝動に駆られると思うし。
いや、実際にするわけじゃないけどさ。
そのくらいの怒りと憎悪を感じるに決まってる。
言っちゃなんだが「俺の女に手を出すな」みたいな。
そういう気持ちだ。
だったら彼女だってそう思うだろうし。
言っちゃなんだけど……
そうであって欲しいとも思う。
同じであって欲しいとも。
褒められたことじゃ無いけどな。
手を繋いだまま歩いて。
アドベンチャラーズがある区画……
この街の呑み屋街から抜けようとしたとき。
いきなりだ。
グッと手を引っ張られ。
人目の無い物陰に彼女に引っ張り込まれた。
えっ、と思ったけど。
俺はそこで
強引に彼女にキスをされた。
……いきなりだったんで少し混乱したけどさ。
要は彼女、俺の所有権を主張したかったんだと思う。
クソ女に俺を奪おうとされたから、ムカついたんだ。
で、ずっとそれが出来る場所を探してた。
思えばさっきから、ずっとキョロキョロしてた気がする。
だいぶ長いことキスをして
「……ありがとう。あの人に怒ってくれてすごく嬉しかった」
彼女は俺に礼を言った。
俺はそれに対して
「そりゃ怒るさ。あのクソ女、夏海の存在をあからさまに無視しててメチャクチャ腹立ったし」
そう返す。
あのクソ女の幼稚な頭の中では
夏海なんて自分に比べれば取るに足らない女。
そういう認識だったんだろうな。
そんなの、怒るに決まってるし……
「夏海の彼氏として、怒らないと駄目なんじゃないのか?」
……思うところを正直に口にした。
俺のその言葉に、彼女は目を潤ませて
「好き。大好き天麻くん」
熱っぽく、俺にそう言ってくれた。
俺は……
「俺もそうだから」
あまり気の利いたことは言えないけど。
自分の気持ちを正直に口にする。
彼女は俺に抱き着いて
「ずっと、ずっと一緒に居てね」
そう言ってくれたので。
俺は頷き
「俺だってそうありたいと思ってるよ」
そう返した。
そしてそのまま、ちょっと長いこと抱き合っていたかもしれない。
実は俺は。
少し前から思うことがあった。
……それを口することに躊躇うようなこと。
そんなことを。
それを今、言うのは……
あまり良くない気がするのだけど。
言わずにすることはできないし。
抱き合ったまま
思い切って、言った。
「あのさ」
「何? 天麻くん?」
俺は腕の中で優しく微笑んでいる小柄な彼女を見つめつつ
決断した。
「……エンマに連絡とっていいかな? 取引を持ち掛けたいんだ」
このことを彼女に伝えることを。