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第132話 地獄のスカウトマン

 エンマ……?

 エンマだって?


 俺と一緒に。

 彼から受け取った名刺を見ていた夏海が、警戒の視線をその男……中島に向ける。


 中島はその視線に

 手を自分の顔の前で振って


「ああ、安心してください。ここでどうこうしに来たわけじゃなくてですね」


 第一ここ外の世界ですよ?

 何かしたら普通に犯罪です。


 中島はにこやかにそう返す。


 ……確かにそうだ。


「ええと、今日は何のご用で銀行に?」


 中島の問い。

 それに対する


「……銀行口座を作りに来た」


 俺のその、固い声の返しに


「だったらその後に、ちょっと喫茶店について来ていただけますか? 奢りますよ」


 本当に友好的に、中島という男は俺たちにそう言って来たんだ。




 近場の少し高そうな喫茶店に中島と一緒に入った。

 内装は純喫茶風で。

 テーブル席を選び、向かいに中島、その向かいに俺たちが並んで座る。


 そしてお互いにコーヒーを注文した後。


「……用件を先に言いますね。エンマに入る気は無いですか?」


 中島はニコニコしながら、そんなことを言い出した。


 俺たちは


「……ふざけんなよ。お前ら、俺たちを殺そうとしただろ」


「そうよ! 入るわけ無いでしょ!」


 速攻、そう言い返した。

 場所が喫茶店だから必死で声量を抑えつつ。


 中島はその返事に


「……ん、やっぱ許せませんか。こちらとしては一応、将来的に上級職を取得しそうな人間に勧誘を掛けるのがルールでして」


 少し困ったように返して来る。

 その言葉を聞き俺は


 一瞬、こいつら俺たちが上級職寸前の状況なの知ってるのか、と驚きはしたけど。

 それよりも


「イカれてんだろ! 満足な証拠が集められない迷宮の環境で、調査が甘くなるのはしょうがないかもしれないが、俺の言い分は一切合切無視しやがって!」


 思わず、そう半ば怒鳴るように言ってしまう。

 だけど中島は一切悪びれなかった。


 そして淡々と


「……容疑者の言い分を聞いていたら裁けませんよね? あなた、迷宮では満足に証拠が集められないという事実が何を意味するか分かって無いですね?」


 真顔でそう返して来る。

 そのまま続ける。


「現場検証が出来ない。証拠写真も撮れない。監視カメラも仕掛けられない。……取れるのは、表の世界に残された記録のみ。……この状況で、まともに立件なんて出来ないですよ。表の裁判ではね。だから野蛮だろうが私刑で裁くしか無いんですよ……」


 中島は真顔のままだ。

 こっちを見下すような表情は無い。

 ただ、事実だけを語るという態度。


「それが例え、事件の真犯人でなかろうとね」


 そしてその言葉を聞いたとき。

 俺の胸に怒りの炎が灯る。


 あのときを思い出した。

 俺の遺伝上の父親は、俺が冤罪で裁かれようとしたことに何も感じていなかった。

 それは、エンマという組織のこういう方針のためなのか。


 つまり……

 疑わしきを罰することに意味がある。

 真実はどうでもいい。


 中島は、運ばれてきた自分の分のコーヒーを一口飲み、さらに


「……事実、迷宮内の犯罪発生率はそう高く無いです。表の世界の方がむしろ高いかもしれない。……発覚した、という枕詞はつきますけど」


 俺にとって不愉快な事実を口にする。

 確かに……


 俺が迷宮探索者の世界に飛び込んで。

 リアルで迷宮内犯罪が発生した通知を見たことは数えるほどしかない。

 ……あの迷宮には、日本中の迷宮探索者がいるのに、だ。


 中島はコーヒーカップを置き。

 さらにこう言った。


「我々が居ないと、迷宮内に外から連れ込まれた若い女の全裸死体が転がったり、財布を奪われた男の死体が転がることがグッと増えますよ? それでも良いんですか?」


 ……言い返せなかった。


 確かにまともな捜査が望めない以上、何か事件が発覚すると誰かが裁かれるという状況で抑止を掛けるしかない。

 でも……


 あんたら、その状況を受け入れ過ぎて、何も感じて無いよな?

 冤罪で一方的に殺される人間の悲惨さを理解していない……というか、考えるのを止めてるだろ?


 そんな組織に……


「……悪いが、断る。言い分は理解できないことは無いけど、仲間になるなんてまっぴらごめんだ」


「私もそう、絶対嫌」


 俺たちの答えは決まっていた。

 そんな外道集団の一員なんて死んでも御免だ。


 俺たちの言葉に、中島は溜息をついた。

 そして


「そうですか……残念です」


 本当に残念そうにそう言う。

 俺は


「……脅しを掛けたりは」


 そこに釘を刺そうとしたけど。

 その前に


「しませんよ。……ウチの仕事は無理矢理やらせても、まともに機能しませんから」


 中島はその言葉を先回りして否定して来た。

 それに俺は黙るしか無かった。


 ……話が終わったと思ったのか。

 そこで中島は、テーブルに1万円札を置いて


「お時間を取らせました」


 そう言い残し。

 去って行った……

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 まさにネットの掲示板等に居る自治厨を濃縮したような奴等ですね。ただ自治厨と違って、抑止力になってる点もあるのがタチ悪いですなぁ…。 でもこいつ等と仲良しこよしはしたくないですよね…
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